第283話「蛇と月長石-1」
インダークの樹から伝言を受け取った後、私はレーヴォル王国内での活動を本格化させ始めた。
つまり、セントレヴォルやフロウライト・ペリドットの周辺で適当な人物を襲い、生きたまま丸呑みにする事で今後の活動に必要な情報を集めたのである。
情報収集の期間はおよそ三ヶ月。
被害者は五十人ほどだろうか。
早馬などの情報伝達手段の発達によって一人の人物が持つ情報の量が大幅に増えているのと、書物に私が欲しい各種情報が記されていたおかげで、予定よりはだいぶ少なく済んだ。
「さて……」
で、そうして集めた情報の結果から、今の状況には関係ないのだが、一つ面白い事が分かったというか、長年の疑問が一つ溶けた。
いやまあ、灰羅と言う姓の時点で繋がりは感じていたのだが、まさかの繋がりだった。
そう、私がヘテイル列島のニッショウ国で戦った灰羅ウエナシ。
あのゲルディアン以上に強い男だが、実は三百年前にセレーネの親衛隊隊長を務めていたバトラコイ・ハイラの子孫だったのだ。
しかも、ウエナシの血筋にはメジマティ家……つまりはシェルナーシュとルズナーシュの血も入っており、グロディウス家……つまりは私の血も僅かにだが入っているようだった。
そこに狐の妖魔の血も幾らか入っていたというのだから、そりゃあ後天的英雄としても目覚めたのなら弱くないはずがない。
とまあ、奴の強さの秘密が少しは分かったが、今頃は生きていても七十過ぎの爺なので、この話はまったくの余談である。
「分かっていますね。セルペティア」
「はい」
話を戻して現在の私の状況である。
一通りの情報収集を済ませた私は、残りの情報収集や人員の確保などは適宜行えばいいと判断した。
なので、今まではセレニテスの枕元に忠実なる烏の魔法による烏人形を向かわせ、情報交換と雑談、叱咤激励、慰めを行うだけだったところから、もっと直接的な支援を行う事にした。
「セレニテス様はレーヴォル王国第二王女、本来ならば家名も無い貴女では近づく事も許されない存在です」
「はい」
具体的にはグロディウス家に潜入し、レーヴォル王国第二王女セレニテス・レーヴォルに仕える存在として彼女の傍で役に立つ事にした。
これでセレニテスの要望は叶えやすくなるし、三か月の調査期間中にも時々あって、秘密裏に処理していた暗殺者の襲来からセレニテスを守る事も容易くなるだろう。
「ですが、セレニテス様自身の事情、それに貴女の高い能力を考慮して、今回特別にエクセレ・グロディウス様は貴女をセレニテス様に付ける事を決めました」
エクセレ・グロディウス。
グロディウス公爵家の現当主であり、ウィズとレイミアの息子であるクレバーと、私とペリドットの娘であるセルペティアが結婚して産まれた子を祖としているので、私の血を引く一人でもある。
まあ、私の血はだいぶ薄まってしまっていて、残り香程度のようだが。
「決してエクセレ様の期待を裏切らないように、それ以上にセレニテス様を裏切らないようにしなさい」
「分かっています。侍女長」
さて、この辺りでいい加減、私がどのような身分で潜入を試みているのかを明言してしまうべきだろう。
私は今……
「では、頼みましたよ。セルペティア」
「はい」
セレニテス付きの侍女としてグロディウス家に潜入していた。
「……」
「入りなさい」
そして今日は記念すべきセレニテスとの顔合わせである。
いやぁ……ここまで大変だった。
侍女としての振る舞いや知識は普通に持っていたし、グロディウス家の衣装に信用できるヒトである事を示す書類と言った物は難なく用意できたが、グロディウス家の人間に私ことセルペティアの存在を、正体や性別に気取られる事無く馴染ませるのは本当に大変だった。
まあ、大変と言っても、屋敷の人間の飲食物にセルペティアと言う侍女がセレニテス・レーヴォルの専属として新しく加わると言う記憶を込めた『蛇は罪を授ける』を混ぜて、記憶を付加しただけなのだが。
「貴女が……!?」
さて、私の顔を見たセレニテスの様子は?
「セレニテス様?」
「いえ、何でもありません。彼女の案内ご苦労様、侍女長。もう下がってもいいです」
「かしこまりました」
とても驚いていた。
まあ、直ぐに落ち着きを取り戻して、侍女長を部屋の外に下げさせたが。
「まさか侍女に化けて潜り込んでくるとは思わなかったわね」
「ふふふ、驚いてもらえて何よりね」
部屋の周囲に一切の気配が無くなったところで、セレニテスは何処か呆れた様子で私にそう声をかけてくる。
「いったいどうやったの?」
「その辺りの詳細についてはいずれまた話すわ。それよりも今は自己紹介をさせて頂戴」
「分かったわ」
私はセレニテスの正面に立つ。
「私の名前はセルペティアと申します。礼節正しいだけの田舎娘でございますが、どうかよろしくお願いいたします。セレニテス様」
そうして、何処からどう見ても土蛇のソフィアとは繋がらない、ただのヒトである事を示すように、完璧な侍女の挨拶をこなして見せた。
「これで男だって言われても、信じるヒトはいないわね……」
そして、そんな私の姿を見て、セレニテスは小さく呟かずにはいられないようだった。
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