第281話「三百年後の王国-6」
「さて、セレニテス。申し訳ないけれど、今晩はここまでにしておきましょう」
『あら、もう帰ってしまうの?』
私とセレニテスの契約は無事に結ばれた。
「ええ、色々とやらなければならない事があるから」
が、契約が結ばれたからと言って、直ぐにレーヴォル王国を滅ぼしにかかるわけでは無い。
と言うか、三百年かけた世界巡りで色々と学んだ私と言えども、何の調査も準備無しに国一つ滅ぼすのは流石に無理である。
『他の王族たちの事を調べるの?』
「それもあるわね」
セレニテスは私が何をする気なのか分かっているらしく、窓に向かう烏人形に向けてそう声をかけてくる。
実際、セレニテス以外の王族たちについても調べる必要はあるだろう。
私が彼らについて今持っている情報は、極々限られたものである上に、表面的な部分しか見れていない可能性が高い情報ばかりなのだから。
そんな不確かな情報だけで、セレニテスの望みを叶えられるとは思わない方がいい。
『それも?』
「それもよ」
そして、王族についての情報以外にも、色々と調べてみなければならないものがある。
具体的には……
・百年ほど前から存在が怪しまれ始めている琥珀蠍の魔石
・各種儀式の際にしか出て来なくなった『英雄の剣』と『ヒトの剣』
・バトラコイ・ハイラやルズナーシュ・メジマティと言った三百年前に優秀だった人材の子孫の行方
・『輝炎の右手』や『黄晶の医術師』と言った魔法使い組織の現状
・騎士団の平均的な戦闘能力や危険視すべき人物の把握
・その他活用できそうな各地の組織や人員、情勢等々
とまあ、大量に集めなければならない情報は存在している。
勿論、集めた全ての情報が今後活用されるとは限らないわけだが、そもそも集めなければそれが活用できる情報かどうかすらも分からないのだから、集めないという選択肢は私には存在しない。
情報の集め方については……まあ、こちらについても色々と方法はある。
「私の能力上、情報は集められるだけ集めておくべきなのよ」
『ふうん?』
普通に情報屋から情報を買ったり、自分で見て回ったり、資料を盗んだり、後はその情報を持っているヒトを生きたまま丸呑みにして記憶を奪ってもいい。
で、特に最後の方法については重要だ。
重要な情報を持っているヒトを何十人も消す事になるので、レーヴォル王国に対してそれ相応の被害を与える事が出来る。
加えて、襲われていない優秀な人物たちについても、そのような事態になれば私の存在かそうでなくとも危険な何者かが居る事に気づいて行動を起こし始めて認識が可能になるし、シェルナーシュとトーコがレーヴォル王国内に居るのであれば、二人と合流出来る可能性を高められるだろう。
つまり一石三鳥か四鳥ぐらいは狙える作戦なのである。
「それに、貴女にとっても時間は必要なはずよ」
『私にとっても?』
そして本人は分かっていないようだが、時間が必要なのはセレニテスにとってもである。
「王族連中をどうやって殺したいのか、それを考えるのは貴女がやるべき事じゃない」
『いいの!?』
「当然よ。だってそう言う契約だもの」
まずセレニテス以外の王族をどう始末するのかを考える時間。
私はセレニテスが望む形でレーヴォル王国を滅ぼすつもりなので、どういった終わりを望むのか依頼主に考えさせる時間は取らなければならないものである。
「それと、今の貴女は精神面はともかく、肉体面についてはちょっと物足りない所があるのよ」
『……』
私の言葉を聞いたセレニテスは自分の身体を見下ろし、両手を見つめる。
その腕は元農家の娘にしては少々細いし、胸のボリュームも控えめである。
「しっかり食べて、健康的な体を手に入れて貰わないと、私も貴女も困る事になるわ」
『……』
そんな細腕では、仮にセレニテスが自分の手で王族の誰かにトドメを刺したいと思っても、上手くはいかないだろうし、そもそもとして今の貴族たちが行っている政治や舞踏会などに付いて行けず何処かで倒れてしまうだろう。
後、私としても今のセレニテスでは食い甲斐が無いのである。
『それは……そうね』
セレニテスも私の言葉に納得してくれたのか、素直にそう呟きながら頷いてくれる。
「そうそう。少し言っておくけれど、グロディウス公爵家は私の血を引く一族なんだけど、色々と素直な性格をしているみたいだから、この屋敷の中に居る間は基本的に気を抜いていても大丈夫よ」
『!?』
私はそう言い残すと、驚いた様子のセレニテスに背を向け、窓から音を立てないように注意しつつ部屋の外に飛び出る。
「……」
そうして十分に高く飛び上がったところで、私はフロウライト・ペリドットの全景を見下ろす。
夜中と言う事で、娼館や城壁の上と言った一部の場所を除けば、全体的に暗い街中であるが、私には大して関係のない事である。
「やっぱり顔見せぐらいはするべきね」
私の視線がグロディウス家の屋敷に取り込まれるように存在している一つの森に向けられる。
その中心にあるのは、昔に比べれば何処か衰えのようなものを感じさせ始めているインダークの樹。
「じゃっ、行きますか」
その存在を確かめた私は、烏人形たちに屋敷周囲の警戒をさせたまま、私自身の移動を始めた。
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