第279話「三百年後の王国-4」
馬車を襲った暗殺者たちを撃退し、森の中に入った私は、その後追跡していた一人の他に、追手が居ないと油断していた暗殺者を二人ほど生きたまま丸呑みにすることに成功した。
それはつまり、政治的な思惑で動いている手練れの暗殺者三人分の記憶が丸々手に入ったという事である。
うん、記憶を入手できたこと自体は非常に美味しいという他ない。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
「アムプル山脈産の果実だよー」
さて、それから数日後。
私は西に向かって移動を続け、グロディウス公爵領フロウライト・ペリドットと言う都市にやって来ていた。
グロディウス公爵領フロウライト・ペリドットは、レーヴォル王国の重鎮であるグロディウス公爵の屋敷がある都市であり、ベノマー河を挟むように造られたレーヴォル王国第二の都市である。
で、その名から分かるように元々は二つの都市である……と言うか、今も書類上はグロディウス公爵の本拠にしてテトラスタ教の聖地でもあるであるフロウライトと、かつてのオリビン砦が発展、改名されて出来たペリドットに分かれているのだが、トリクト橋、オリビン橋と言ったベノマー河に架かる数本の橋によって両都市の行き来が非常に楽なため、実質一体化している都市である。
なお、都市に付けられたペリドットの名の由来は言うまでもなく、あのペリドットである。
どうやら私、オリビンさん、ペリドットの三人の関係性から付いたらしい。
まあ、オリビンさんの名前は橋の名前として残っているので、咎めはしないが。
「王都の様子はどうだった?」
「変わらずだ。良くなっていないが、悪くもなっていない」
「そうか……」
フロウライト・ペリドットの雰囲気は決して悪くない。
住民はそれ相応の活気と明るさを持っているし、余所者に対して過度の警戒心を抱いてもいない。
商業は活発で、人々は明日の為にそれぞれの生業を営めている。
騎士と衛兵に向けられる視線も、恐怖ではなく敬意で、治安も良い方である。
と言うわけで、私の目から見れば改善点はあるが……十分に及第点と言えるだけの発展具合だった。
少なくとも、ノイボーダからフロウライト・ペリドットの間にまで見た他の都市や、暗殺者などの記憶で見たセントレヴォルを含む諸都市とは比較にならない程である。
まあ、及第点だからと言って、私の正体と経っている年数の関係上、私の子孫を正面から褒めてやることは出来ないのだが。
「なぁ、例の話。聞いたか?」
「姫様の件か。際どかったらしいな」
さて、都市の状況についてはこれぐらいにしておくとしてだ。
とりあえず私にはやらなければならない事が有る。
「いらっしゃい、見慣れない顔だな」
「ええ、今日着いた所なの」
と言うわけで、匂いを頼りにペリドットの少し裏の方に入った路地に構えられていたその店の中に私は入る。
「とりあえず……これで一樽お願いしていいかしら?」
「は!?あ、いや、まあ、金は足りているが……」
「安心しなさい。一人で飲むわけじゃないし、運ぶのにも魔法を使うから」
「あ、ああ、なるほどそうか。そんな細腕でこんな物を買うなら、魔法ぐらいは使えて当然だよな」
で、お酒を現金で一樽購入。
傍目には魔法を使っているように見せつつ、実際にはただの腕力でもって酒を満載した、立てれば私の腰ぐらいまで有る酒樽を肩の上に担いで店の外に出る。
「ふむ、あそこが良いかしらね」
そして、ヒトの目に触れないように注意しつつ、平均して三階建てなペリドットの屋根の上に路地裏から登り、そのまま屋根の上を移動。
街全体が見渡せそうなほどに高く造られたテトラスタ教の教会の鐘楼に登る。
勿論、忠実なる烏の魔法で人影の有無は確認してあるので、誰かに見つかる様な事態にはならない。
「ふぅ……」
そうして無事に外から見えない鐘楼の影にまで着いたところで私は一息吐きつつ酒樽の蓋を開け……
「ゴクッゴクッゴクッ……プハアアァァァ……」
一気に半分ほど飲み干した。
「まったく……」
何故こんな事をしたのか?
そんなものは決まっている。
「馬鹿じゃないの、本当に馬鹿じゃないの、何を考えてんのよアイツ等はああぁぁ!」
愚痴を零すためだ。
つまりはヤケ酒である。
「はぁ……どうしてこうなったんだか……」
私は荷物から適当な器を取りだして酒樽の中身をすくい、呑みながら一人愚痴を零す。
そんな事をしてどうなるとか言われそうだし、思われそうだが、愚痴を零さずにはいられなかった。
暗殺者三人のあんな記憶を見せられては。
「まず、暗殺者たちに直接指示を出したのはアービタリ伯爵。と」
私は暗殺者たちの記憶を思い出しつつ、左手と使役魔法で酒をすくい、右手で考えをまとめ易くするために羊皮紙にペンで文字を書く。
「そのアービタリ伯爵に直接指示を出したのは、軍事に傾倒している第二王子とその周辺の貴族共。と」
そう、今のレーヴォル王国には四人……いや正確には三人と言うべきかもしれないが、とにかく四人の王位継承者による争いが起きていた。
で、四人の王位継承者とは、
テトラスタ教に傾倒すると同時に、マカクソウを元にしたと思しき魔薬に溺れている皇太子。
軍事に傾倒し、暴力と恐怖による支配を他国とレーヴォル王国に行おうと目論む第二王子。
享楽に更け、贅沢ばかりして、商人たちと癒着すると同時に国庫を圧迫している第一王女。
現王の庶子として最近発見され、グロディウス公爵に保護されることになった第二王女。
の事である。
そして、第二王子、第一王女は自分の欲望の為に王位を簒奪しようとしており、皇太子も自分の命と地位を守るために二人と激しく争っているのだが……。
どうにも、そんな争いの中で現王の庶子である第二王女の存在が発覚し、今回に限っては何故か普段は仲が悪い王位継承者が三人とも協力して、第二王女の事を始末しようと動いたようだった。
これが、今回の暗殺未遂事件の裏である。
なお、現王には子供たちの争いを止める期待は持てない。
どうにも優柔不断な上に、現実逃避として女遊びに耽ってしまっているようだし。
全くもってだらしない。
「はぁ……第二王女が可哀相になって来るわね。これ」
そんな思わず嘆きたくなる第二王女の状況に、私は溜め息を吐かずにはいられなかった。