第277話「三百年後の王国-2」
「ふうむ……」
数日後。
私はノイボーダからフロウライトに向かう道を一人で歩いていた。
左右が深い森に覆われ、手入れも碌にされておらず、人通りも疎らな道であるが、それ故に何かを気にする必要もなく、気ままに歩ける道だった。
何故そんな道を歩いているのか、忠実なる蛇の魔法を使えば、今日中にはフロウライトに着けるだろうと、今の私の姿をトーコやシェルナーシュ辺りが見たら、そう言うかもしれない。
が、これにはきちんと理由がある。
「良い天気ねぇ……」
これからに備えて心身をリラックスさせると共に、情報収集の対象として手ごろな獲物が居ないかを物色すると言う理由が。
なお、理由の割合としては前者が九割ほどを占めているが、今私一人しか居ないので問題はない。
三百年以上生きている身からしたら、何でもない一日二日程度は誤差みたいなものなのだ。
「……」
ちなみに野盗の類に遭遇してもいいようにと、一応の警戒はしている。
具体的に言えば、頭上には忠実なる烏の魔法で作った烏人形を飛ばして、周囲の警戒を行わせているし、下では私が歩くのに合わせて靴裏に仕込んだ魔石で使役魔法を一瞬だけ発動して周囲100m程の範囲に存在している動植物を地面に触れているもの限定でだが余さず感知している。
「誰を狙っているのかしらねぇ……」
そして今、私の使役魔法による警戒網には、森の中に何かしらの目的でもって隠れている男たちが引っかかっていた。
数は二十人。
弓や魔法を用いるであろうヒトが十二人で、剣を持ったヒトが八人だ。
ただ、野盗の類ではないらしく、私の姿を認識しているのに仕掛ける様子はおろか、気にしている様子も見られなかった。
十中八九、暗殺者なのだろう。
「……。失敗したかも」
と、そうやって歩調も顔色も変えずに暗殺者たちの様子を窺っていると、私の後方に新たな存在が感知できた。
見るからにお金がかかっている二頭立ての馬車が一台に、馬に乗った騎士が四人である。
「……」
一応私は考える。
暗殺者の狙いがこの馬車であるとした場合、どうやれば面倒事に巻き込まれずに済むかを。
まず、急に走り出したり、道を逸れて森の中に入ったりするのは駄目である。
確実に暗殺者に怪しまれて攻撃される。
だが、このまま歩き続けたり、今この場で転んだ振りをしても、馬車の位置と速さ、暗殺者たちの位置の関係上、巻き込まれるのは確定している。
私から暗殺者たちに仕掛けるのも手だが、後に災いの芽になる可能性は否定できないし、どちらの方が利用価値があるのかも現状では不明だ。
そして、忠実なる蛇の魔法を使って逃げるのは論外。
土蛇のソフィアがレーヴォル王国に帰って来ている事を知らせても、私にとっては百害あって一利なしだ。
「つまり、あの馬車が連中の狙いでないと信じて、普通に歩くしかないわけか」
結論、天運に身を任せるしかない。
と言うわけで、私は顔色一つ変えずに歩き続ける。
状況がどう動いても即応出来るよう、密かに備えつつ。
「……」
「おい、そこの……」
そうして私のすぐ後ろにまで馬車がやってきて、金属製の鎧を身に纏った四人の騎士の内一人が私に声を掛けようとした時だった。
「ぐっ!?」
「ビヒッ!?」
「何っ!?」
森の中から矢と魔法が飛来し、全ての馬を同時に仕留めると同時に、馬車の御者の頭が吹き飛ぶ。
「敵しゅ……!?」
「暗殺者か!」
そして、移動手段を奪った直後に剣を持った男たちが森の中から現れ、落馬して剣を抜く暇もなく戦いに臨むことになった騎士たちと、偶然にも暗殺の目撃者になってしまった私を殺すべく、襲い掛かってくる。
うん、やっぱり駄目だったか。
こうなれば、どちらに味方するかは考えるまでもない。
「『蛇は八口にて喰らう』」
「「「!?」」」
私は『妖魔の剣』を抜きつつ、『蛇は八口にて喰らう』を発動、私の側に居た暗殺者四人の首を一撃で斬り飛ばす。
だが、この時点で既に護衛の騎士たちは、私に声を掛けようとしていた一人が虫の息で、他の三人は碌な抵抗も出来ないままに殺されていた。
「黒帯」
幾らなんでも軟弱すぎやしないかと思いつつも、私は続けて黒帯の魔法を発動。
馬車で隠れて見えない位置に居る四人の男に黒い帯を巻きつけ、握り潰す。
顔を隠す用途もあって着けていたのであろう兜など、その隙間から攻撃が出来る私には有って無いようなものである。
「残りの連中は……偉そうな奴だけ追っておけばいいか」
私は森の中に目を向ける。
が、予想外の反撃に面を喰らったのだろう。
既に森の中に居た暗殺者たちは散り散りになって逃げだしていた。
なので、私は森の中に居た連中で偉そうな奴を一人選び、烏人形でその後を追わせておく。
「病魔払い、治癒」
「ぐうっ!?」
そして、烏人形に追跡を任せる傍ら、私は虫の息である騎士に二つの魔法を掛け、応急処置を済ませる。
傷口が再生する痛みで口から泡を吹き、気絶してしまっているが……まあ、命は助かっただろう。
「ふむ、ふむ」
私の普通の使役魔法による警戒網に、複数の騎馬がこちらに近づいてくる反応が入ってくる。
足並みの乱れの無さなどからして、彼らまで暗殺者であるとは考えづらいだろう。
が、このままこの場に留まっていると、次の厄介事が始まるのは確実な状況だった。
「行くか」
と言うわけで、私はこれ以上の厄介事は御免だと言わんばかりに森の中に飛び込むと、烏人形に後を追わせている暗殺者の追跡を始めるのだった。
馬車の中身、暗殺の目的、暗殺者たちの黒幕、だらしない騎士たち、この程度の情報など、私にとっては適当な相手から奪えば十分な代物でしかない。
そう判断しての行動だった。
通りすがりの魔王