第273話「旅立つ蛇-5」
「代償は高くつく……か。それは儂の台詞じゃ……」
「へぇ……」
ストータスが他の二人……剣を持った男と、杖を持った男の一歩前に出てくる。
その顔は怒りに満ち溢れており、私が何者であるのかを正しく把握しているようだった。
だが、怒りに燃えてはいても、ストータスの頭は至極冷静だった。
「マダレム・ダーイの恨み!今こそ晴らさせてもらうぞ!!一枚岩」
「っつ!?」
前に出てきたストータスに私が先制の一撃を加えようとした瞬間。
それよりも一瞬早く、ストータスが手に持った杖で地面を叩く。
するとストータスが叩いた場所を中心に、周囲一帯の地面の状態が土から岩へと……私の使役魔法によって容易に操れるものから、一手間加える必要があるものへと変化していく。
それは正に、私の使役魔法を封じるためだけに存在するかのような魔法だった。
「殺すっ!」
「死ねいっ!」
「英雄!?」
そして、地面が岩に変化すると言う変化によって生じた私の隙を突くように、ストータスの後ろに控えていた二人が動き出す。
剣を持っていた男は明らかにヒトの限界を超えた先天性英雄の敏捷さでもって、私に切りかかってくる。
杖を持っていた男も、後天性英雄である事を窺わせるような圧倒的な魔力でもって、逃げ場を塞ぐように全ての方向から鋭く尖った氷の矢を放ってくる。
「ちっ……」
出し惜しみをしている余裕はなかった。
「『蛇は八口にて喰らう』」
私は自分に攻撃が届くよりも早く、鞘に納めていた『妖魔の剣』を持ち、抜き放ちつつ左手の指で剣身の根元に触れると、『蛇は八口にて喰らう』を発動する。
「おそっ……」
勿論私が『妖魔の剣』を普通に抜いても、それよりも遥かに早く、目の前の男の剣は私に届くし、周りの氷の矢も私に刺さるだろう。
だからこその『蛇は八口にて喰らう』である。
「なっ!?」
「馬鹿なっ!?」
「!?」
『妖魔の剣』の剣身が曲がり、鞘から僅かに抜かれた部分から目にも留まらぬ速さで伸びていく。
私の目の前に居る男の腕と首を斬り飛ばすように。
そして、伸びた刃はそのまま私が『妖魔の剣』を抜き、振るうよりも速く動き続け、私に向かって来ていた氷の矢を一つ残らず叩き落す。
「『蛇は根を噛み眠らせる』」
続けて私は視線に乗せる形で『蛇は根を噛み眠らせる』を発動。
私の反撃によって動揺している杖を持った方の男に魔力の蛇を飛ばし、噛みつかせ、魔力の流れ全体に異常を与える。
「このっ……」
するとどうなるか。
対象の周囲の空中と言う分かり易い目標物が無い状況で氷の矢を出現させて、他の矢と干渉し合わないように飛ばすなんて真似には、それ相応の制御能力が求められる。
そして、魔力の流れが乱れて、まず真っ先に影響が出るのはその制御能力である。
「ウギャ!?」
「!?」
つまりよくてマトモに発動しない。
最悪の場合には魔法が自分の方に飛んできて、死ぬことになる。
どうやら後天的英雄である彼は最悪の方を……私にとっては最良の結果を引いてしまったらしい。
「後は貴方だけよ!」
「くっ……」
私はストータスに向かって駆け寄る。
対するストータスは勝ち目がないと踏んだのか、それとも最後の悪あがきかは分からないが、後方に向かって老体とは思えぬほどの俊敏さで飛び退きつつ、何かしらの魔法を発動しようとする。
勿論私にそれを許す気はない。
「『蛇は罪を授ける』」
私は『妖魔の剣』の切っ先にとある液体を生成しつつ、ストータスに向けて剣を振るう。
「ぬっ!」
ストータスは私の動きを見て、魔法の発動を諦め、更にもう一歩退き、致命傷を負う所を僅かに顔の表皮が切れた程度の傷に抑えて見せる。
だが私にとってはそんな僅かな傷で十分だった。
「惜しかったな。ソフィア!これで終わ……」
「ストータス。全てを知ると良いわ。耐えられるのならねぇ!」
「!?」
ストータスの全身が痙攣を起こし始め、白目を剥き、全身の穴と言う穴、それに表皮から勢いよく血を流し始めると同時に、全身が少しずつ煮え立っていく。
当然ヒトがそんな状態に陥って助かるはずがない。
しばらくするとストータスはその場に倒れ、動かなくなり、完全に絶命する。
「ふぅ……意外と危なかったわね」
私がストータスに使った魔法の名は『蛇は罪を授ける』。
私が有する記憶と知識を転写した液体を生み出し、この液体を摂取した人物は転写した記憶と知識を得る事が出来ると言う魔法であり、本来の用途は口では説明しづらい事柄について伝える際に使う魔法である。
が、一部の毒が量次第では薬になるのと同じように、込める記憶と知識の量次第では、今ストータスが死んだ事からも分かるように強力な毒にもなる。
そう、それこそ私が多くのヒトを生きたまま丸呑みにする事によって得た、累計で一万年分以上かつ自分が死ぬ瞬間も含んだ記憶と知識なんてものが一瞬で全て流れ込んできたならば……百年生きられるかどうかも怪しいヒトでは絶対に耐えられない。
ストータスが絶命したのも、圧倒的な量の情報によって、処理が追いつかず、自らを塗りつぶされたが故にだった。
「さて、食料を回収したら先に進みましょうか」
私は一人そう呟くと、全員の首と胴をきちんと切り離したうえで、今後の為の食料を集めてからその場を去ったのだった。
簡単に言えばExpがそのまま攻撃力に変換される毒です