第265話「ノムン-2」
「散開!」
セレーネの言葉と共に、リベリオたちは四方に跳ぶ。
そしてセレーネたちが飛び退いた直後に、跳躍する前よりも二回りほど大きくなった右腕をノムンは床に叩きつける。
「巨大化……いえ、複製の魔法の応用ですね」
セレーネはバトラコイに担がれてノムンから離れつつ、リベリオたち相手に右腕を振り回し、本能のままに暴れまわっているかのようなノムンが何をしたのかを見定めようとする。
ノムンが後天的英雄として目覚め、使えるようになった魔法の名は表向きには複製の魔法と言う対象の劣化コピーを生み出す魔法とされている。
だがセレーネは、ソフィアからノムンが使っている魔法は株分けと呼ぶ方が正しい事、更にはその魔法が恐らくは複製対象を生きたまま切り刻み、その肉体の一部を核として利用している魔法である事も聞いていた。
「そ、それって!自らの肉体を部分的にではあるものの、複製したということですか!?」
「恐らくは」
バトラコイの言葉に頷きつつ、セレーネは今も石の床を右腕で平然と叩き割り、床に転がっている重武装の親衛隊の死体を小石でも蹴るように吹き飛ばすノムン相手に、どう攻めるべきかを続けて考える。
株分けの魔法によって肉体の一部を複製し、強化できるという事は、失われた肉体を複製することで、再生する事も出来ると言う事。
場合によっては、こちらの攻撃で切り離された肉体を核として、自分自身の複製を生み出す事も可能であるという事。
そこまで理解した上でセレーネは叫ぶ。
「全員、不用意な攻撃は控え、可能な限り少ない手数で仕留められるような攻撃をお願いします!」
「「「了解!」」」
「フハハハハ!」
セレーネの言葉に今まで攻撃を控え、右腕を振り回すノムンの攻撃を耐えるだけだったリベリオたちが動き出す。
「はっ!」
「……」
「ヌッ?」
まず、レイミアとペリドットの二人が前に出ると、当たりそうで当たらない攻撃を仕掛けることによって、ノムンの注意を自分たちに引き寄せる。
「麻痺」
「!?」
そうしてノムンの注意が削がれ、筋肉の付き方の関係上、必ず動けなくなる瞬間を狙って、リリアが麻痺の魔法を放ち、黄色い稲妻のようなものでもってノムンの胸を貫く。
すると麻痺の魔法の効果によって、ノムンの全身の筋肉が硬直し、動けない一瞬が延長される。
勿論、ノムンの後天的英雄としての圧倒的な量の魔力を用いれば、麻痺の魔法を解除することは可能である。
だが、その解除に有する数瞬。
その数瞬こそがリベリオに必要なものだった。
「ノムンだけを焼き尽くせ。灰すらも残さぬほどに」
リベリオの手から最早白い光の玉のようになった火球がノムンに向けて放たれる。
「グオオオオォォォ!?」
火球はノムンが麻痺の魔法を解除するのに必要な数瞬の内に、その身に到達し、効力……ノムンだけを焼き尽くすという効果を発揮し始め、ノムンの全身を炎で包み込む。
「アガァ!?ガァ!?」
全身を炎に包まれたノムンは叫び声を上げ、炎を消そうとその場で転がりまわるが、炎が消えることはなく、それどころか炎は周囲の何にも引火する事なくノムンだけを焼き続ける。
「さて……これで終わってくれるかね?」
「それなら、楽なんですけど……」
「相手はもうヒトじゃない。死んだと言い切れるまで油断は出来ない」
「全員気を抜かないでください。最後のその時まで」
「はい」
「……」
普通ならば、誰もがこれでノムンは終わりだと思っただろう。
だが、セレーネたちは誰一人としてノムンがこれで終わるとは思っていなかった。
リッシブルーの死を引き金として、土壇場で逆転の芽を生じさせるような魔法を使える後天的英雄として目覚めた点。
ソフィアの魔法がきっかけであるにしても、肉体を妖魔のそれに等しいものに変えて襲ってきた点。
この二つの点から、完全に死んだと確信できるその時まで一切の油断は許されないとセレーネたちは認識していた。
そしてセレーネたちの考えは正しかった。
「コノ程度デ……死ンデ、堪ルモノカアアァァ!!」
「「「!?」」」
ノムンが叫び声を……否、咆哮を上げると同時に、リベリオの放った灰すらも焼き尽くすはずの炎が吹き飛ばされ、掻き消される。
「ブシュルルル……ガ、グギャ、ガアアァァ!?」
そして炎を吹き飛ばしたところで、リベリの炎によって全身の皮膚が焼け爛れているノムンが突然苦しみだし……
「ーーーーーーーーーーー!!」
最早声になっていない叫び声を上げながら全身の肉を膨らませつつ、変貌していく。
枯れ木のようだった左腕と左脚は骨だけになった。
だが、それでも何故か手足としての機能は失わず、身体にくっついたままだった。
獣のような右腕は更に膨れ上がり、指一つでセレーネの腕に匹敵するような太さになる。
胴や背中には幾つもの人面疽のようなものが浮かび上がりつつ、膨れ上がり、呪詛と膿を撒き散らす。
そして頭部は完全に狼のそれ……ただし、幾らか腐敗したもの……となり、ヒトのままであるのは右脚だけとなった。
「ブハアアアァァ……」
「「「……」」」
ノムンだった者の口から腐敗臭の混じった吐息が漏れ出てくる。
醜悪なその姿はソフィアの『蛇は根を噛み眠らせる』によって変質した魔力、ノムンの株分けの魔法、シチータから引いた妖魔の血、リベリオの炎による追い詰め、そしてノムンが喰らったヒトの肉体とノムンが殺した者たちの思念、そう言ったものが合わさり、互いに互いをおかしくし合い、暴走した結果として出来上がったものである。
しかし、大多数の者はセレーネの前に立つ、3m近い身長を持つその者の姿を見て、こう評するだろう。
「妖魔ですらない化け物にまで堕ちましたか。ノムン!」
化け物、と。
「ガアアアアァァァァ!」
そしてノムンだった者はセレーネたちに襲い掛かった。
完全にヒトを辞めました
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