第264話「ノムン-1」
ソフィアとゲルディアンが戦っていた頃。
「グアッ!?」
「制圧完了」
「では、先に進みましょう」
城の中へと潜入したセレーネたちは、遭遇した敵を確実に仕留めつつ、順調に城内を進んでいた。
それこそ敵の城の中とは思えないほどに。
「玉座の間はこっちです」
「分かりました」
だが、少し考えてみれば、セレーネたちの快進撃は当然の結果だとも言えた。
と言うのも、セレーネたちはたった六人ではあるものの、ただの六人ではないからである。
「しかし、ノムンは親衛隊まで魔法の対象にしているんですね」
一人は様々な条件を付けることによって、燃やすものや範囲を自在に選べる炎の魔法を持つ上に、『英雄の剣』も手にした後天性英雄のリベリオ。
「人手が足りていない証拠だろう」
一人は元七天将軍として、マダレム・サクミナミの城の構造にも幾らかは通じている、蛇の妖魔の血を引く先天性英雄のレイミア・グロディウス。
「見せしめにしたのも何人か居る気もする」
一人は剣に魔力を纏わせ、射程や切れ味、強度などを強化する魔法、暗殺者としての技術、『存在しない剣』を併せ持つ後天性英雄のペリドット。
「いずれにしても許しがたい行いには変わりないですよね」
一人は本人すらも知らないが、蛙の妖魔トーコの血を引き、ヒトの範疇で高い身体能力とセレーネの親衛隊隊長として忠誠心を持つ先天性英雄のバトラコイ・ハイラ。
「命を弄ぶ行為だからねぇ。マトモな感性をしているなら、得ても使おうだなんて考えないだろうさ」
一人は『黄晶の医術師』の総長にして、ヘニトグロ地方一の名医かつ西部連合でも有数の武闘派魔法使いであるリリア・ヒーリング。
「急ぎましょう。時間が経てば、それだけノムンに準備をする時間を与えることになりますから」
そして、それら五人を取りまとめるのは『ヒトの剣』を持ち、高い指揮能力を有する西部連合の王セレーネ・レーヴォル。
「「「了解」」」
加えて、城の中と言う数の利を生かす事が難しい環境に、親衛隊の隊員たちに混ざっている元親衛隊の複製兵とセレーネたちの相性、ソフィアから事前に教えられていた城内の構造や仕掛けについての情報。
これらの要素が合わさった結果として、南部同盟の兵の中でも精鋭であるノムンの親衛隊の力を以ってしても、セレーネたちの歩みは止められず、それどころかほぼ一方的な蹂躙劇が繰り広げられることになったのだった。
-------------
「陛下。この扉の向こうが玉座の間です」
「ソフィールさん曰く、一番ノムンが居る可能性が高い部屋。でしたっけ」
そうして城内を着実に進み続けたセレーネたちは、やがて一つの巨大な扉の前に立つ。
扉の向こうにある部屋の名は玉座の間。
ノムンが謁見や軍議を行う場として活用している部屋であり、今回の戦いにおいてもノムンは此処からマダレム・サクミナミの各地に指示を伝えているはずだった。
「では、入りましょう。リベリオ」
「はい」
リベリオの手の上に火球が一つ生み出される。
「ふんっ!」
リベリオが火球を扉に向かって投げつける。
そして扉にぶつかった火球は……
「「「!?」」」
「やはり控えていましたか」
その見た目にそぐわないほど大きな爆発を起こし、大きな扉を吹き飛ばしつつ、全ての爆炎と爆風を扉の向こうに送り込むと、扉の向こうで武器を……槍と弓を構えていたノムンの親衛隊の隊員たちどころか、彼らよりも更に後方に控えていた剣を持っていた隊員たちまでも一人残らず吹き飛ばし、焼き払う。
「さて、初めましてでよろしいのですよね。叔父上」
普通のヒトがリベリオの一撃によって容赦なく葬り去られた事を確認したセレーネは爆煙が晴れるのを待ってから、ゆっくりと玉座の間に入り、玉座に座っている人物へと声をかける。
「クチャ、クチュ……始メマシテ。ソウダナ、コウシテ顔ヲ合ワセルノハ初メテダ。我ガ姪ヨ」
「「「!?」」」
玉座に座っている人物は確かにノムンだった。
しかし、その姿を見たセレーネ以外の五人は、その姿に驚きの色を隠せなかった。
何故なら、ソフィアの話では、ノムンは黒い髪に橙色の目を持ち、その容姿は決して悪くはなく、身体には弛みなどまったく見られない男であり、直接の面識があるレイミアもその点については同意だったからだ。
「その姿は……ああ、ソフィールさんが何かをした結果……いえ、副作用ですね」
だが、今のノムンの姿はそんな事前の情報とは似ても似つかないものだった。
左腕と左脚は死の間際にある老人のように細く、枯れ木のようになっており、生気というものをまるで感じられない姿だった。
逆に右腕は黒い毛が生え揃い、指の先には獣の鉤爪に似た黒い爪が生え揃い、血に濡れたその腕はまるで狩りを終えたばかりの獣のそれだった。
けれど最も異様で、リベリオたちを驚かせたのはそれらの部位では無かった。
「突然ノ事ダッタヨ。抵抗スル暇モナカッタ」
最も異様だったのはその顔。
ノムンの顔の右半分は狼のように口の端が裂け、右耳に届きそうなほどになり、開かれた口からは獣の牙のような歯が見えていた。
右目は失われ、暗い眼窩から血の涙を流し続け、ヒトの言葉も普通に発することが出来なくなっていた。
「ダガ、オ陰デ新タナ味覚ト言ウ物ヲ知レタ。憎イ仇ダガ、ソノ事ニハ感謝シヨウ」
ノムンの口から何かが吐き捨てられ、その何かを見たセレーネはあからさまに眉を顰め、リベリオたちはまさかと言う表情をする。
「なるほど。妖魔の血に目覚め、堕ちたのですか」
「堕チタ?違ウナ、目覚メタノダヨ。アルベキ姿ニナ」
何かとは……ヒトの指の欠片だった。
「ヒハハハハ、妖魔ガ何故ひとヲ喰ラウノカガヨク分カッタヨ」
ノムンが片脚が枯れ木のようになっているとは思えない程軽やかに、玉座から立ち上がる。
「狂ってる……」
「ヒトが妖魔になるなんてことがあるとはね……」
「……」
「まったく、あの男は碌な事をしないねぇ」
「セレーネ様!」
「分かっています。全員構えなさい」
それを見たセレーネたちは即座に臨戦態勢を整える。
「サア、マズハ貴様等カラダ!」
ノムンがセレーネたちに向かって跳躍し……戦いが始まった。
10/26誤字訂正




