第262話「マダレム・サクミナミ-4」
「ぐっ……目つぶしか!?」
「さあ行くわよ!」
着火の魔法による閃光でゲルディアンの目が潰れ、視界が回復するまでの間の防御として自身の周囲を球体状に土の壁で守るのを確認した私は『妖魔の剣』をゲルディアンに向けて投擲する。
「……」
そして『妖魔の剣』がゲルディアンの元に到達するまでの間に、私は三つの魔法を発動する。
一つ目は左手に持っておいた魔石による黒帯の魔法。
『妖魔の剣』の軌道を追うように、私は黒い帯をゲルディアンの方に向けて放つ。
二つ目は胸のスペースに仕込んでおいた忠実なる烏の魔法。
烏人形を私の背中から放ち、建物の影と夜の闇に隠れるように移動させ始める。
三つ目は靴底の使役魔法の魔石を中継点として、今回の潜入に合わせてこの場に持ってきておいた再燃する意思の魔法。
それも普通サイズの魔石ではなく、御使いサーブの身体を動かすのに使っていた特大サイズの物であり、余り物ではあるが、それでもなお普通の魔石よりも遥かに多い魔力を秘めている代物である。
「やっぱり」
『妖魔の剣』がゲルディアンの周囲を囲む土の壁に突き刺さる。
と同時に私が剣を持って直接攻撃をしていたら立っていたであろう場所に向けて、岩の槍が何本も射出される。
私はその光景を見つつ『妖魔の剣』の持ち手に黒帯の魔法を巻きつけ、『妖魔の剣』を手元に引き寄せる。
「じゃ、これならどうかしらね」
難なく『妖魔の剣』が抜かれた事で、ゲルディアンも私が遠距離攻撃を仕掛けた事に気づいただろう。
その証拠に、岩の槍をあらゆる方向に射出する準備をゲルディアンは整えている。
対する私は自分自身は距離を取り、再燃する意思の魔法によってこの場に残っているであろう大量のヒトの意思の残滓から造った土人形を向かわせようとし……唖然とした。
「「「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛……」」」
「あ……」
私の背後には、いつの間にか地面から上半身だけを生やした10m近い巨人が居た。
その身はこのゴミ捨て場に捨てられていたあらゆる物質で出来ており、基本形はヒトであるものの、よく見ればヒト以外の何かも混ざっているように見えた。
この巨人が私が再燃する意思の魔法を使った結果、生じた事に間違いない。
こんな物が出来てしまった原因が、私が再現する対象として選んだ意思が、個人ではなく、この場に漂う殺意、害意、悪意、復讐心である事も間違いないだろう。
それでも何故と言う想いは拭いきれないが……一つ確かな事がある。
「「「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!」」」
「ひいいぃぃ!?」
この巨人は私の意思とは無関係に動いている。
骨と一部の肉しか再現できていないような腕を振り回し、この城を、ノムンを、ゲルディアンを、そして既に居ないリッシブルーを殺す事しか考えていない。
己が抱く怨みの全てを晴らす事しか考えていない。
「「「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」」」
「!?」
巨人の背後に向けて全力で駆け、回り込む事で攻撃から逃れた私の背後で、巨人の横殴りの一撃によってゲルディアンの張った土の壁は容易く撃ち破られる。
それどころか、中に居たゲルディアンは大きく吹き飛ばされ、近くの壁に叩きつけられる。
「「「コ゛ロ゛ス゛ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛!オ゛マ゛エ゛ヲ゛コ゛ロ゛ス゛ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛!!」」」
「ぐっ……何だコイツは……」
巨人がゲルディアンに向けて何度も何度もこぶしを叩きつけ、殴り掛かる。
対するゲルディアンは盾を強化する事で巨人の攻撃を凌ぎつつ、魔力を放出することで再燃する意思の魔法を解除しようとする。
が、巨人の動きを見る限り、大して効果は無さそうである。
「「「カ゛エ゛セ゛!ツ゛ク゛ナ゛エ゛!ソ゛ノ゛イ゛ノ゛チ゛ヲ゛モ゛ッ゛テ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛!!」」」
「くそっ……」
うん、やった私が言うのも何だが、ゲルディアンたちがどれほどの怨みを抱かれていたのかが良く分かる光景でもある。
まあ、自業自得だが。
なにせ私は、このゴミ捨て場に捨てられているレイミアの両親を含めた、ノムンによって処刑された人々がその身に残した負の感情を再現しただけなのだし。
「「「シ゛ネ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛ェ゛!!」」」
「ぬぐおっ!?」
とりあえず今後は……再燃する意思の魔法を使う際には、個人や範囲をきっちり定めて使う事にしよう。
私もどうなるか分かったものでは無いし。
「ふむ、時間切れの様ね」
と、稼動用の魔石の魔力が切れたのだろう。
巨人がその形を歪ませ、崩れ去っていく。
ゲルディアンは?
「はぁはぁ……よくも……」
肩で息をし、鎧も盾も傷だらけ、へこみだらけで、左腕の様子もおかしく、血も幾らか流しているようだが、生きている。
ちっ、しぶとい。
「やってくれ……っつ!?」
「その傷……」
と言うわけで、もっと弱らせることにしよう。
私は烏人形をゲルディアンの左足、『蛇は根を噛み眠らせる』によって魔力を乱し、他の場所に比べて強化が弱くなっている場所へと突撃させ、尖った石の嘴によって突き刺す。
「治してあげるわ」
「があっ!?」
そしてゲルディアンが魔力放出によって烏人形を破壊するよりも早く、私は烏人形の体内に仕込んだ治癒の魔石を発動。
ゲルディアンの傷を癒してやる。
「き……さ……ま……」
ただし、治癒の魔法は回復の際にそれ相応に体力を消耗するし、傷口に異物があるままだったりすると、その消耗が跳ね上がった上に結局傷口は塞がらなかったりする。
後、骨が折れているのに、位置を正さずに使ったりすると変な形で骨が固定されてしまうと言うのもあったか。
まあいずれにしてもだ。
「マトモに戦う気はないのか!」
ゲルディアンの体力はこれで一気に削られた事になる。
「心にもない事を。挑発に乗る気はないわよ」
「ぐっ……」
尤も、良い方向とは言え、想定外がまた起きてしまった事であるし、トドメを刺す瞬間まで油断など一切出来ないのだが。