第261話「マダレム・サクミナミ-3」
「はああぁぁ!」
先手を取ったのは私だった。
ゲルディアンに向けて一直線に駆け寄ると、私は『妖魔の剣』をゲルディアンの鎧の隙間に向けて振るう。
「……」
「む……」
だが直線的かつ単純な攻撃がゲルディアンに通じるはずもなく、ゲルディアンは難なく盾で私の攻撃を防いでみせる。
そして、私の剣とゲルディアンがぶつかった時、私は剣から伝わってきた感触に違和感を覚えた。
あのハルバード程ではないが、『妖魔の剣』も並の金属ぐらいなら一方的に斬れるだけの力は持っているし、私自身の腕力も普通のヒトぐらいなら、どう対応しようが吹き飛ばせるぐらいの力はあるはずである。
しかし今切りかかった感触からして、ゲルディアンの装備はただ魔力によって防御能力を強化されているだけではなく、まるでゲルディアンの全身が岩の塊であるかのように感じるほどに重量を増す効果を有しているようだった。
「ふっ!」
「っつ!?」
ゲルディアンが剣を振る。
しかしゲルディアンの剣はいつの間にか、ただの剣ではなく、剣身の周囲に小さく尖った石を幾つも纏った剣……メイス並の幅、斧並の破壊力、槍並のリーチを持つにも関わらず振りの速さは変わらないという厄介な代物になっていた。
その為に私は慌てて後方に二歩分跳んで、ゲルディアンの攻撃を躱す。
「貫け」
そうして跳んだ所に、息つく暇も与えぬと言わんばかりに四方の地面から最初に放たれた物と同じ岩の槍が飛んでくる。
「喰らうか!」
対する私は使役魔法によって自分の周囲の土を操って腕のようにし、背後からの攻撃も含め、全ての岩の槍の軌道を逸らす事によって攻撃を失敗させる。
「……」
そして土の腕によって一瞬ゲルディアンの位置から私の腕の動きが見えなくなったところで、私はゲルディアンに向けて左手に持っていた魔石の一つを投げる。
「着火!」
「っつ!?」
私は爆発を起こすように火を発生させるタイプの着火の魔法をゲルディアンの眼前で発動させる。
「ちっ……」
だが、爆音と爆炎が広がる一瞬前にゲルディアンは自分の前に土の壁を発生させることによって、着火の魔法を防ぐ。
「潰すっ!」
自身が生成した土の壁を撃ち破りながらゲルディアンが突っ込んでくる。
しかも、それに合わせて私の背後の空間を狙うように岩の槍が射出され、逃げ場を封じてくる。
それに対して私は……
「やっぱりこれが正解だったわね」
「っつ!?」
『妖魔の剣』を放り投げながらゲルディアンに接近。
その身を切られながらゲルディアンに抱きつくと、体内に仕込んでおいた着火の魔法を発動。
血のように巡らせておいた焼き菓子の毒に、身体を構成していた細かい石の粒などを爆発の勢いそのままに浴びせかけてやる。
兜に隠れていても分かるほどに驚いたゲルディアンは甘い焼き菓子の匂いを漂わせる毒の爆煙の中に消えていく。
「さて、これで終わってくれれば楽なんだけど……」
私は『妖魔の剣』が刺さっている場所近くの地面から地上に這い上がる。
その身には傷一つ無い。
当然だ、なにせさっきまで戦っていた私は本物の私ではなく、『蛇は骸より再び生まれ出る』によって生み出されたもう一人の私なのだから。
ちなみに何時からと問われれば、セレーネたちを地上に上げる直前からであり、セレーネたちにも気づかれないように入れ替わったつもりである。
「ま、そんな簡単に終わる相手でもないか」
爆煙の向こうから、僅かに鎧を焦げ付かせ、鎧の隙間から微かに血を滲ませたゲルディアンが、若干手足に力が入らなさそうな様子で出てくる。
だがその目に宿っている戦意には微かな衰えも見られない。
「……。なるほど。今のが同時にお前が複数の場所で見られたトリックの種と言うわけか……」
吸い込んだ量が少なかったのもあるだろうが、気化した焼き菓子の毒を吸ってだるいだけで済んだのは、熊の妖魔の血を引いているからだろう。
そして、熊の妖魔の血を引いているが故に、速さはともかくとして体力と筋力はずば抜けたものがある。
加えて即時展開可能な土の壁や、自分の攻撃に合わせて放てる岩の槍、剣や鎧の強化と言った後天的に得た土の魔法を状況に合わせて運用できる器用さと賢さもある。
総評するならば……全盛期のシチータの横に並んでも遜色がないレベルの英雄、と言ったところか。
「答えてやる義理は無いわね」
まあ、シチータ程の理不尽さは無いようなので、私だけでも何とか出来るはずだが。
「……」
ゲルディアンが再び剣と盾を構え、自身の周囲に何本も岩の槍を生み出す。
どうやら向こうもまだ全力は出していなかったらしい。
「さ……」
対する私は剣を一度振り、構え直す振りをしつつ『蛇は根を噛み眠らせる』を発動。
ゲルディアンの身体から毒が抜ける前に、魔力の蛇をゲルディアンの左足に噛みつかせ、地脈の流れを狂わせるのと同じように、ゲルディアンの魔力の一部を僅かに狂わせてやる。
「続きといきましょうか。着火」
「!?」
そして剣先をゲルディアンに向けると同時に、大量の光を発生させるタイプの着火の魔法を私は手元で発動させた。