第260話「マダレム・サクミナミ-2」
「さて、陛下。それに他の皆様、到着前に一つ言っておく事が有ります」
すっかり日が暮れた地上では、陽動と私たちが移動する音を掻き消すのも兼ねて、マダレム・サクミナミの市街地を占領するための激しくはないが、長引く事が確定している戦いが続いている。
そちらはそちらで重要なので、参加している将兵には出来るだけ頑張ってもらいたい所である。
が、今回の戦いの行く末を握っているのは私たちの方である。
「七天将軍一の座ゲルディアンとは私一人で戦います」
と言うのも、マダレム・サクミナミの市街地には一般市民と並の兵士、それと戦力不足を補うための複製兵が居るだけであり、戦いが終われば首を取る必要もない者ばかりである。
だが、私たちが向っているノムンの居城に居るのは、南部同盟の王であるノムン、七天将軍一の座ゲルディアン、そしてノムン直下にしてゲルディアンの部下たちである親衛隊……それも精鋭ばかりであり、他にも文官などの非戦闘員などもいるだろうが、その大半が討ち取らなければ戦いが終わらない者である。
「本気か?ソフィール殿?その……元々南部同盟の側であった私だからこそ言えることだが、ゲルディアン将軍の強さはロシーマスとは比べ物にならないぞ?幾ら貴方と言えども……」
と、私の言葉にレイミアが反論をしてくる。
まあ、レイミアはゲルディアンの実力を知っているだろうし、そう言う事を言いたくなる気持ちも分かる。
「安心しなさい。私だってまだ一度も晒していない手札は残っているし、本気で戦ってもいないわ。それに……」
「それに?」
だがその心配は不要な物である。
何故ならば……。
「本気を出したら、周囲の被害を抑える余裕なんてないの。だから、周囲に有象無象が居ると、むしろ邪魔なのよ。私にとっても、ゲルディアンにとってもね」
「……」
ゲルディアンの実力を一応知っているのは私もだし、あの男がどういう人物なのかと言う調べもついていて、それらの情報を吟味した結果、一番私の目的が達成できる可能性が高いのがこの筋道だからである。
「そう言うわけですので、陛下。陛下はリベリオたちを連れて、ノムンとその周囲に詰めているであろう親衛隊を倒す事だけをお考えください」
「はい」
セレーネが私の言葉に返事をするのと同時に、目的地の直下に着いたのか、土の蛇が水平方向への移動を止める。
「では、陛下の御武運をお祈りしています」
「ソフィールさんもお気をつけて」
そしてゆっくりと土の蛇が地表へ……露出している土が殆ど排除されたマダレム・サクミナミの中でも未だに土が残っている場所であるゴミ捨て場の中心で顔を出す。
そうして顔を出した瞬間……
「早速来たか」
岩の槍とでも称すべきものが暗闇から飛来したため、私は土の蛇の頭を分解して腕のようにし、横から殴りつけることによって軌道を捻じ曲げる。
「頑張ってくださいね。貴方の助力はまだ必要ですから」
岩の槍が地面に突き刺さり、轟音と地響きとともに辺り一帯に土煙が生じると、その土煙に乗じる形でセレーネたちは城の中へと消えていく。
さて、これでセレーネたちの事を気にする必要はなくなった。
「……」
「随分なご挨拶ね」
土煙が晴れていく。
まず見えたのは様々なものが捨てられ、悪臭こそ放っていないが、人骨すら混ざっているゴミ捨て場の姿。
続けて見えてきたのは綺麗な三日月が出ている雲一つない夜空。
それから灯りが無いために夜の闇に溶け込んでいるかのように思える城の壁や柱。
最後に……全身に金属製の鎧を身に付け、それぞれの手に剣と盾を持った大男の姿が私の視界に入ってくる。
「まあいいわ、一応名乗っておきましょうか。西部連合のソフィール・グロディウスよ」
「……。七天将軍一の座、親衛隊隊長ゲルディアンだ」
大男の名はゲルディアン。
ここに居ると言う事は、やはりと言うべきか、当然と言うべきか、彼もノムンの守護を一時的に放棄してでも、全力で私の首を獲ることにしたらしい。
「名乗りが足りないわよ。貴方は熊の妖魔の血を引く先天性の英雄であると同時に、土と岩の魔法に適した素養の魔力を持つ後天的英雄でもある。英雄王シチータ以来の完全なる英雄じゃない。ゲルディアン」
そして、こうやって会話をしている間にも既に戦いは始まっている。
地上ではなく地下で。
大地の支配権をどちらが握るのかと言う戦いが。
「……。それを言うなら貴様もだろう。ソフィール。いや、英雄王シチータと直接刃を交したにも関わらず、今なお生き続けている妖魔の中の妖魔、蛇の妖魔の王、土蛇のソフィア」
私の魔力とゲルディアンの魔力が相手の魔力を押し出そうと地中で荒れ狂い、その余波で地上の幾つかの場所で地面の隆起や岩石の形成すらも起きている。
「あら、気づいていたの」
「直接肌で感じ取れば、嫌でも分かる。俺がこの魔力に目覚めたのは貴様とシチータ王の戦いに巻き込まれたからだからな」
私は腰に提げていた『妖魔の剣』を右手で抜き、左手に複数の魔石を持つ。
それにしてもゲルディアンが私とシチータの戦いに巻き込まれて、後天的英雄として目覚めた……か。
「なるほどね。つまりこれも因縁の対決ってことになるのね。本当に嫌になるわ」
何と言うか、本当に英雄に力を与えている誰かさんの悪意を感じる流れである。
流れであるが……まあ、私のやる事は変わらない。
「リッシブルーの仇、取らせてもらうぞ。ソフィア」
「アンタ如きにやる命はないわね。ゲルディアン」
ただ目の前の敵を討ち滅ぼすだけである。
ゲルディアン戦です