第256話「決戦-7」
少々時は戻り、戦場全体に粉塵が舞い上がった頃。
「では、お願いします」
「あまり気乗りはしないがな……」
西部連合、東部連盟の合同軍右翼の中でも端の方に当たり、南部同盟の側面を突くようなその場所では、今回の作戦の全体像を知る数少ない人物であるリベリオの手引きで、他の誰の目に触れることもなくシェルナーシュが前線に到着していた。
「まあ、丁度いい試し撃ちの機会だと思っておこう」
「間違っても俺たちの方は巻き込まないで下さいよ」
「貴様等が前に出過ぎなければ問題ないさ」
シェルナーシュは懐から木、金属、そして例の六脚、六翼、六角の細長い生物を描いたような紋章が刻まれたコインの力によって自身の魔力を固形化した宝石を組み合わせた折り畳み式の杖を取りだすと、それを素早く展開。
リベリオが離れ、粉塵が晴れると同時に、2m近い長さの杖を手に持った状態で、如何にも何も無い場所から現れましたと言わんばかりの登場をする。
「「「……」」」
「では、始めるか」
粉塵が晴れると共に、シェルナーシュを敵と見定めた複製兵たちが攻撃を仕掛けようとシェルナーシュの方へと寄ってくる。
西部連合と東部連盟の兵たちは既にリベリオの指揮によって、予めシェルナーシュが攻撃の範囲だと指定した範囲から逃れている。
南部同盟の複製兵も、攻め込めないようにとリベリオが魔力を焼く対複製兵用の炎を帯状に展開している為、シェルナーシュが指定した範囲に全て収まっている。
「収束点指定」
「!?」
シェルナーシュが先頭に居た複製兵の胸を杖で突く。
それだけで全身の筋肉と骨の位置が固定されたかのように、胸を突かれた複製兵は動きを止める。
「接着網展開」
「「「!?」」」
続けてシェルナーシュの杖から魔力が網のような姿を取って、扇状に展開されていき、魔力の網に触れた物も最初に杖で突かれた複製兵と同じようにその動きを止める。
「兵を止めろ!これ以上近づけるな!」
その光景にリベリオたちの相手をしていた七天将軍五の座イレンチュは、複製兵にこれ以上前進しないように命じる事によって被害を抑えようとした。
そしてその考えは正しかったのだろう。
前進を止めた事によって、動きを止める複製兵がそれ以上に出る事は無かった。
「水平座標の原位置を記録した上で収束点への収束を開始」
「なっ、なんだ……?」
だがシェルナーシュはそんなイレンチュの考えなど知った事かと言わんばかりに自身の魔法を冷静に進めていく。
その証拠に、シェルナーシュの呟きと共に動きを止めた複製兵が、最初に動きを止めた複製兵に向かってゆっくりと引き寄せられていく。
「鋭き剣、硬き鎧、芯たる骨、調律者たる腸、生命の証たる血肉、慟哭する魂……」
引き寄せられたそれらは互いに互いの事を潰し、切り刻み、一つとなりながらも、別個の存在として一点に向けて落ち続け、シェルナーシュの持つ杖の先端で球状の物体となっていく。
「しょ……正体は分からんが、術者を仕留めれば、どんな魔法だろう意味はないはずだ。よし、複製兵を奴の横から向かわせろ!」
「了解しました!!」
その異様な光景に戸惑いながらも、イレンチュはシェルナーシュの魔法の効果領域と思しき範囲を迂回する形で複製兵を向かわせ、シェルナーシュを攻撃しようとする。
だが、もっと早くにこの判断を下していても、この後の結果は変わらなかっただろう。
シェルナーシュの背後に回るにはリベリオが率いる軍を倒す必要があり、仮に彼らを倒せても、その間にシェルナーシュの魔法は完成していたのだから。
「皆々、鏃と成りて、原点へと舞い戻り、森羅噛み砕き、食い破り、突き通せ。解放、客星爆散」
「「「!?」」」
シェルナーシュの杖から数個の宝石が消え失せた瞬間。
限界まで引き絞られた弓から勢いよく矢が放たれるように、シェルナーシュの杖の先端に集まっていた物体が、それぞれが引き寄せられる前の場所に向けて閃光と共に飛び出していく。
だが、目にも留まらぬ速さで飛ぶような物体が元居た場所で止まることなど有り得ず、それらの物体はそのまま矢をはるかに超える速さでそのまま飛び続け、衝突する。
進路上に居た南部同盟の複製兵に、生身の兵士に、指揮官に、イレンチュに、マダレム・サクミナミの城壁に。
「ふむ、こんな物か」
「なんて……破壊力……」
一瞬遅れて戦場中に轟いた爆音と爆風が収まり、視界が再びはっきりする頃には、南部同盟の兵士の大半は原形すら留めておらず、不幸にも生き残ってしまった者が痛みに苦しむ呻き声を僅かに上げるだけとなっており、地面はその大半がめくれ上がり、堅牢なはずのマダレム・サクミナミの城壁は一部が崩れ、無事な部分にも剣や槍、ヒトの歯などが深く突き刺さっていた。
「リベリオ、後は貴様等、ヒトと英雄の仕事だ」
一瞬のうちに万を超す兵士が消失するという現象に敵も味方も呆然としていた。
そんな中シェルナーシュはリベリオに一声をかけると、適当な馬を奪い取り、塵幕と静寂の魔法によって周囲の視線と声を遮り、戦場から姿を眩ませた。
「はっ!敵残党を掃討し、中央の救援に向かうぞ!」
そして、呆然とする人々の中でリベリオはいち早く正気を取り戻すと、周囲に指示を出し、再び動き出し始めるのだった。
御使いシェーナの番でした
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