第255話「決戦-6」
「うん、驚いてる驚いてる」
粉塵の中を駆け抜け、粉塵と言う目隠しが消滅すると同時に西部連合の兵を主体とした左翼側の前に現れたトーコは、西部連合の兵たちから口元が僅かに見える程度に振り向く。
そして、彼らの驚き様に笑みを浮かべつつ、例の六脚、六翼、六角の細長い生物を描いたような紋章が刻まれた鍋を亜空間に存在させたまま、その中から戦闘用の包丁を取り出し、両手に一本ずつ持つ。
「フードの方も問題なしと」
トーコはフードがずれたりしないのを確認すると南部同盟の兵士たちの姿を見る。
彼らは既にソフィアの『蛇は根を噛み眠らせる』によって乱れた隊列を建て直し始めており、もう間もなく戦いが再開されることに疑いの余地はなかった。
「父上……」
「まさかこんな事が有るとは……」
「ほう、ここでこの札を切るとは、流石ソフィール殿だ。が、少々残念ではあるなぁ……」
勿論、戦闘の態勢を整え直しているのは西部連合、東部連盟の兵も同じである。
フードから僅かに見えた顔から御使いトォウコとして現れたであろう目の前の少女がトーコである事に気付き、ウィズとレイミアは動揺を、ルズナーシュは多少残念さを感じるが、それでも彼らはこの状況でソフィールとセレーネが自分たちに何を望んでいるのかを察して、行動を始める。
「じゃっ、行きますか」
そうして両軍の将兵が動き出そうとする数瞬前。
トーコが動き出す。
今までのヒトか英雄の振りをするべく抑えていた身体能力ではなく、魔力を全身と武器に漲らせた本気の状態で。
「そぉい!」
「「「!?」」」
トーコの姿が一瞬消え、次の瞬間には南部同盟の複製兵たちの間にトーコの姿が現れる。
そして、トーコの出現に少し遅れる形で、トーコが移動したであろう直線上に居た全ての複製兵が核となっている生身の部分を切り裂かれ、肉片と土塊に還っていく。
複製兵ごとに核になっている場所が違うにも関わらずだ。
「こ、殺せー!」
目の前の光景に驚いた普通の兵士が思わず叫び声を上げるように指示を出し、複製兵たちは指示通りに手に持った得物でトーコの事を殺そうとする。
「遅いよー」
だが、複製兵たちが槍を突き出すよりも早くトーコは普通のヒト二人分程跳び上がって鋭利な槍を避けると、空中で逆さまになりながら鍋から素早く取り出したナイフを四方に投擲。
ナイフ一本につき一人を、複製兵ならば核となっている部分を貫く事で、普通の兵士ならば眉間を貫く形で、刃が全て埋まり、柄だけが見えるほどの勢いで刺し、一瞬にして数十人の兵士を仕留める。
「射よ!あの女を射よ!今すぐにだ!!」
「おっ、居たみたいだね」
トーコ一人によって起こされた悪夢としか言いようのない光景に、この辺りの将兵を指揮していた七天将軍四の座クニタタナは、声を張り上げ、宙に浮くトーコを今すぐ弓で射るように命じる。
複製兵もクニタタナの指示に即座に反応して、西部連合と東部連盟の兵に向けて放とうとしていた弓の方向を素早く変えると、狙いをつけた者から順に矢を放ち始める。
「じゃ……」
クニタタナにしてみれば、トーコは突然目の前に現れたたった一人の敵ではあるが、とても危険な一人であり、自らの身を守るためには素早く処理する必要が有る一人だった。
だが幸いな事に、トーコは身動きの取れない宙に居り、矢の雨をあの辺り一帯に降らせてしまえば、幾らかの味方の被害と引き換えに確実に殺せる。
そう、クニタタナは考えていた。
だが、そんなクニタタナの目論みはあっけなく外れることになる。
「やっちゃおうか!」
「なっ!?」
クニタタナの目の前で、踏む物など何も無い空中に居たはずのトーコが何かを蹴るような仕草と共に消え失せる。
「ばっ……」
「ほいっと」
そして次の瞬間にはクニタタナの背後にトーコは移動しており、クニタタナが背後に現れたトーコの姿を一瞬見た後には、彼の視界は何も無い青空を見始め、視界の端では自分の部下たちの首が宙を舞っていた。
「七天将軍四の座クニタタナ。討ち取ったりと」
トーコが使った魔法の名は空跳ね。
自らの足裏に沿う形で一瞬だけ魔力の足場を形成する魔法であり、トーコが習得出来た数少ない魔法であると同時に、空中で羽も無く自由自在に動き回るというヒトどころか妖魔の常識すらも覆してしまった魔法である。
この魔法によってトーコは先程空中で水平方向に跳躍し、矢を回避すると同時にクニタタナとその側近たちの首をすれ違いざまに切り飛ばし、仕留めたのだった。
「「「……」」」
「よっ、ほいほいっと」
トーコは目の前の敵を排除すると言う最も基本的な命令を遂行するべく動き出した複製兵たちをカウンターによって葬り去りつつ、ウィズたちが居るであろう前線の様子を確認する。
「ふむ。頃合いかな」
ウィズたちはトーコの攻撃によって生じた混乱に乗じて、進撃のスピードを速めていた。
対する南部同盟の兵士はクニタタナが討たれた事もあって、その勢いが削がれていた。
これならばもう自分が居なくても勝ちは揺るがないだろう。
そう判断したトーコは、西の方から聞こえてきた巨大な爆音と、ウィズたちの攻勢に紛れる形で、手間賃を鍋の中に手早く収納すると、戦場から姿を眩ませたのだった。
まずは御使いトォウコでした
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