第254話「決戦-5」
「さてと……」
実を言えば『蛇は根を噛み眠らせる』を処理すること自体はそれほど難しい事ではない。
蛇の形をしていても、実態はただの魔力の塊なのだから、何処か適当な場所で解除して、魔力を周囲に放出させてしまえば、処理そのものは終わりである。
が、何の考えなしにそれをやってしまうと、撒き散らされた高濃度の魔力によって周囲に少なくない被害が生じることになる。
その被害は『蛇は根を噛み眠らせる』が限界まで魔力を溜め込んで弾け飛んだ場合よりはマシだろうが……それでも地上に多大な被害を与え、年単位の影響を残す事になるだろう。
それにそうして放出された魔力は誰のものでもない魔力であり、これを誰かに……それこそノムンやゲルディアン辺りに利用されてしまうと、折角セレーネの側に傾けた戦局が再びノムンの側に傾きかねない。
「私の頭が焼き切れないと良いんだけど……」
と言うわけで、私は自身の処理能力の限界に挑戦すると共に、『蛇は根を噛み眠らせる』で集めた魔力をセレーネ側の利になるように処理するべく、作業を始める。
「……」
まずは左手を地面に着け、既に発動している忠実なる箱庭の魔法と『蛇は根を噛み眠らせる』によって生じた魔力の蛇を維持しつつ、新たに三つの魔法の準備を整える。
この時点で主に地脈から流れ込んでくる無数の情報によって、私の処理能力の限界に近い作業であるが、余計な情報……自身の周囲に対する最低限の注意すらも止める事によって、その分だけ処理能力に余裕を造り、どうにかする。
「移動……開……始……」
私は魔力の蛇の食事を止めると、丸太のような体を袋のような形状に切り替えつつ移動させる。
マダレム・サクミナミの直下から、セレーネたちが居る戦場の真下へと。
「セレーネ……聞こえるかしら……」
そうして精神にかかる負担を軽減するためなのか、異様に自分の身に流れている時間がゆっくりとなる感覚を感じつつ、準備しておいた忠実なる蛇の魔法を発動、セレーネに身に付けさせておいた土の蛇を介して一つの確認を取る。
「準備……完了よ……」
『では……お願い……します……』
「分か……ったわ……」
セレーネの返事を受けて私は忠実なる蛇の魔法を解除すると同時に、袋状になった魔力の蛇を球形に変えつつ地表に向けて上昇させる。
さて、ここからが最も難しい場所であり、瞬間的には最も負荷がかかる場所である。
「すぅ……はっ!」
私は『蛇は根を噛み眠らせる』を解除する。
ただし、大量の空気によって膨らみ切った袋に針で穴を開けるように、戦いが行われている地表の極々狭い範囲に大量の魔力が流れ込むようにだ。
するとどうなるか。
『『『!?』』』
地脈本体からすれば僅かな……けれど今までヒトが感じた事が無い程に大量で濃密な魔力が、南部同盟の陣地を巻き込むように、地下から地表を突き抜け、大空に向かって一気に放出される。
勿論、ヒトの意思などによって何かに変換されたわけでも無い、ただの純粋な魔力だ。
ヒトが巻き込まれても精々精神が圧せられて気を失う程度で済むし、物理的な変化は魔力の一部が自然現象に転換された結果として、大量の粉塵が巻き上がる程度だ。
だが、その進路上で展開されていた魔法……具体的に言えばノムンの株分けの魔法によって作られ、維持されていた複製兵たちはただでは済まない。
膨大かつ高速で流れる魔力の前ではノムン程度の意思など塵芥に等しく、魔力の流れに巻き込まれた複製兵たちは悉く本来の肉片と土塊に戻っていく。
「さあ、行くわよ!」
此処までで、私がやるべき事の第二段階は成功。
そしてここからが戦いの流れを決定づける第三段階である。
「『舞台は整えた』」
私は大気中に放出された『蛇は根を噛み眠らせる』によって集めた魔力を利用して、準備状態にあった二つの魔法を即座に発動させる。
一つは大気中に巻き上げられた粉塵と、戦場一帯の地表を対象とした使役魔法。
これによって、ロシーマスとの戦いでやったように、私の声を戦場全体に響かせる。
ただし、普段の私の声ではなく、少々低めで威厳に満ちた声をだ。
「『トォウコ、シェーナ、そしてサーブ』」
そうして声を発しつつ私はもう一つの準備状態にあった魔法を発動。
セレーネの助けもあり、無事に成功する。
この魔法が無事に成功した時点で、必要な処理能力はだいぶ抑えられるため、後は流れで何とかなるはずである。
と言うか、後は現地に居る面々で何とかしてもらうしかない。
「『生死の理乱す許されざる王を討つ助けをするのだ』……ふぅ」
私は最後の言葉を言った時点で、膨大な量の魔力によって一時的に戦闘が止まっていた戦場全体に舞い上がっていた粉塵を、使役魔法によって即座に落下するように仕向ける事で、視界を取り戻させる。
「上手くいったの?土蛇」
「ええ、この戦いで後私がやるべき事は魔法の維持だけよ。勝てるかはセレーネたちと……トーコとシェルナーシュの頑張り次第よ」
「そう」
そうして視界を取り戻した戦場には、新たに三つの人影が生じていた。
一つは両手に包丁のような片刃の剣を一本ずつ持ち、エメラルドが填め込まれた銀色の蛙のブローチが付いたフードを目深に被った小柄な少女。
一つは木、金属、宝石を組み合わせた杖を持ち、金属製のコインのペンダントを身に付け、背中部分にシェーナの書でも使われている四色の宝石を取り込んだ球形の蛞蝓の絵が描かれたフードを身に付けた性別不詳の少年。
一つは全身に黄金色の鎧を身に付け、金色の鍔を持つ剣を右手に、銀色の鍔を持つ剣を左手に持ち、二本の剣と蠍が描かれた紋章付きのマントを身に着けた大男。
「御使いが出てくるだなんて、敵も味方もビックリね」
そして三人は、私が上空から烏人形の目で戦場全体を俯瞰する中、三者三様に動き出した。
正にとっておきです