第253話「決戦-4」
数日後。
マダレム・サクミナミの北、マダレム・サクミナミの周辺に広がる平原で、セレーネ率いる西部連合と東部連盟の合同軍とノムン率いる複製兵を主体とした南部同盟の軍がぶつかった。
戦況は事前の調査と作戦会議のおかげで、現状は五分五分と言ったところだろう。
ただ、今日この場に来るまで分かっていなかった複製兵の特性の一つ……核となっている元の肉体部分を傷つけなければ頭が吹き飛ぼうが、胸に穴を穿たれようが動きが止まらないと言う性質を考えると、数の差もあっていずれは劣勢に陥ることになるだろう。
「まあ、だから私は前線に出ず、こんなところに居るわけだけれど」
さて、前線の状況はそんなところで、セレーネも私が近くに置いておいた忠実なる箱庭によってそれを把握している。
と言うわけで、敵が横に広がれないように頑張っているリベリオやウィズたちの為にも、各所に指示を送って戦線を維持しているセレーネの為にも、早々に私がまず為すべき事を為してしまうとしよう。
「じゃっ、ペリドット。周囲の警戒は頼むわよ」
「分かってるわよ。土蛇」
私が今居るのは戦いの場から北に10km以上離れた小さな森の中。
周りにあるのは周囲から私の姿を隠すように生えている無数の木々だけで、昼でもなお薄暗い場所だった。
そして、普段の服装ではなく、妖魔としての服装を身に付けた私以外には、護衛であるペリドットしかこの場には居らず、セレーネたちが今も戦っているとは思えない程に静かだった。
「……」
私は腰の鞘から『妖魔の剣』を抜くと、右手で持って、目の前の地面に突き立てる。
そうして手を放しても倒れない程に深く突き刺さったところで、私はその場に腰を下ろす。
「始めるわ」
私は『妖魔の剣』を間に挟む形で自身の魔力を地中深くへと流し込み、地脈の流れを感知し始める。
地脈は……簡単に言ってしまえば大地の中を流れる巨大な魔力の流れである。
その力は莫大であり、ただ流れているだけでも地上に影響を与え、だいたいの有力都市の下には一定以上の太さや質を持つ地脈が流れているほどである。
ただ一つ気をつけてほしいのは、地脈はその太い流れだけが存在しているのではなく、ヒトには感知できない程に細かい流れも無数に、網の目よりもなお細かく、あらゆる方向に流れる形で存在していると言う点だ。
そして、この細かい流れこそが普段私が遠隔地で使役魔法を発動させているのに利用している地脈でもある。
「マダレム・サクミナミに通じる流れは……これね」
私はマダレム・サクミナミの地下に流れる地脈を発見すると、その流れを精査していく。
するとやはりと言うべきか、地脈本体からすれば支流としか呼べない程度の……けれど個人が扱うには太すぎる地脈の流れがマダレム・サクミナミの中心部に向かって流れていた。
恐らくこの流れの終点には今も株分けの魔法を維持しているノムンが居て、無意識に地脈から力を吸い上げることによって、株分けの魔法に必要な膨大な量の魔力を捻出しているのだろう。
「……。さて、目に物を見せてやりましょうか」
私はフードから小さめの金の蛇の環を取ると、『妖魔の剣』の柄に、特別製の魔石と共に乗せる。
「『蛇は根を噛み眠らせる』」
そうして準備が整ったところで、私は『妖魔の剣』にさらに多くの魔力を注ぎ込み始める。
すると『妖魔の剣』を介して地中に注ぎ込まれる魔力は、一切の抵抗なく地脈にまで到達し、蛇のような姿を取ると、静かに、ゆっくりと、けれど実際には恐ろしい程の速さで、地脈の流れを利用してマダレム・サクミナミの地下に到達する。
「齧れ。お前の餌だ」
蛇の形をした魔力がノムンに向けて流れる地脈の支流に噛みつく。
勿論、この程度でどうにかなるほど地脈と言うのは柔いものではないし、そもそも私一人の力で根本からどうにか出来るような代物ではない。
だから見た目上は何の変化も生じていない。
見た目上は……だ。
「……よし」
そう、先述したように、地脈の中には細かい流れが幾つも存在している。
大きな地脈の流れも、実際には細かい流れが何千本と束になって大きな流れを形成しているに過ぎない。
だから私は、私が使役魔法を行使した状態で造り上げる事によって、大きな流れに反する小さな流れを探知、干渉しやすくなるという妙な力を持つ事になった『妖魔の剣』を介して地脈に干渉。
ノムンに通じている地脈の流れの中から、逆にノムンから離れようとする流れを見つけ、その流れに力を与え、他の流れを己の力として喰らうように仕向けてやる。
「第一段階、成功したわ」
「お疲れ様……じゃないか。まだ」
「ええ、厄介なのはむしろここからね」
すると地脈はどうなるか。
私が送り込んだ魔力の蛇によって地脈は大きく乱されることになり、幾つかは流れそのものが切れ、その煽りで恩恵を受けているノムンも……まあ、吐血ぐらいはする事になり、株分けの魔法の維持にも少なくない影響が生じるだろう。
現に、今までまるで動きに淀みが無く、淡々と命令に従っていた複製兵たちの動きが少しずつ鈍り始めている。
「蛇を上手く処理しないと大惨事になるわ」
逆に私が送り込んだ魔力の蛇は、地脈の力を喰らい、蓄えることによって、丸々と……蛇と言うよりは丸太と言った方が正しいのではないかと言うぐらいに膨れ上がっていた。
仮にこのまま『蛇は根を噛み眠らせる』を放置したら……まあ、何処かで限界点を越え、弾け飛び、よくてセレーネたちをまとめて消し飛ばした上で、マダレム・サクミナミ一帯が百年単位で不毛の地になるだろう。
地脈が有する力と言うのは、その程度には危険な代物であり、私が以前やったように末端の末端を利用するならばともかく、ノムンが利用しているような規模になると、本来なら数十人の魔法使いが入念な計画と準備の元に年単位の時間をかけて弄るものなのである。
「と言うわけで、引き続き護衛頼むわ」
まあ、今回はそんな時間も手伝ってくれる魔法使いの当てもないので、私一人でやるしかないのだが。
と言うわけで、私は一度息を吐き、呼吸を整えると、再び精神を集中し始め……『蛇は根を噛み眠らせる』の処理を始めた。