第250話「決戦-1」
レーヴォル暦三年、秋の二の月。
セレーネ率いる西部連合の主力軍は、マダレム・シーヤからノムンが待つマダレム・サクミナミに向けて進軍を開始する。
既にマダレム・サクミナミ以外の都市はノムンからの離反を表明し、その表明通りに行動もしているため、東西南北全ての方角からそれぞれの方角にあった都市を攻略していた軍は、道中一切の支障も無くマダレム・サクミナミ近くまで進軍。
そこで各個撃破されるのを防ぐべく、セレーネの率いる主力軍と合流した。
「……」
「どうされました?父上」
こちらの戦力は合計で五万近い。
また、リベリオ、ルズナーシュの二人を初めとした個人レベルで高い実力を持つ者、セレーネやウィズのように戦略面で高い能力を持つ者も十分に揃っている。
加えて、装備、士気、食料、情報、いずれの面においても十分な物を用意してある。
「んー……」
「父上?」
対するノムンたち南部同盟の兵力はどれほど多く見積もっても一万程度だが、実際には数多くの脱走兵を出し、食料も心細く、装備はともかく士気はこれでもかと言うぐらいに下がっている。
勿論、七天将軍一の座ゲルディアン、三の座マルデヤ、四の座クニタタナ、五の座イレンチュ、そして王であるノムンと、高い能力を持った面々も残ってはいるが……この数の差を覆せるほどではない。
そもそもとして、今も忠実なる烏の魔法によって、ゲルディアンの魔力も届かない高空から昼夜問わずに監視を続けているのだから、大規模な奇襲、奇策の類はどうあっても出来ないようになっている。
「何か引っかかるのよねぇ……」
「引っかかる?」
つまり、真正面から戦うのであれば、南部同盟側がどれほどの小細工を弄したところでどうしようもない程に戦力差は開いているのだ。
だがしかし。
「ええ、何かが引っかかるのよ。何と言うか……そう、何か大切な事を忘れているんじゃないかと」
「忘れている……ですか。父上に限って何か大切な事を忘れるとは思えませんが」
「勘違いじゃないか?ゲルディアンは策を弄するタイプじゃないし、残りの三人もそうだ。ノムンなら策は考えられるだろうが……あの烏の目を盗んで何か出来るとは私には思えない」
何か言いようのない不安が私の中では渦巻いていた。
ウィズとレイミアは大丈夫だ、勘違いだと言うが……私にはとても気のせいには思えなかった。
「んー……」
私は烏人形の視界で、改めてマダレム・サクミナミの様子を確認する。
私の魔法を警戒してだろう、建物の外には殆どヒトの姿が無い。
行き交う人々の姿すらないのは、ノムンの命令によって建物の壁を壊し、建物同士を繋げてしまったからだ。
ゲルディアンによる警戒も厳しいため、烏人形はこれ以上近づく事が出来ず、今のマダレム・サクミナミの内部状況は殆ど知ることが出来なくなってしまっている。
「やっぱり気のせい……」
内部状況を知れない事に対する不安。
私は自分の中で渦巻いている不安をそう決めつけようとした。
「っつ!?」
「父上?」
「どうした?ソフィール」
だがその時だった。
私は信じられないものを見ることになる。
そしてそれを見た時、私は自分の中にある不安と、自らの失策を悟った。
「陛下の元に行ってくるわ!此処は任せたわ!」
私は乗っていた馬に鞭を打つと、ウィズの返事を聞く事すら待たずにセレーネの元に向けて馬を走らせ始める。
「ソフィールさん?どうされました?」
「バトラコイ!至急陛下にお伝えしなければならない事が有ります!面会を!」
「っつ!?は、はい!!」
そうしてしばらく馬を走らせた私は、親衛隊長であるバトラコイに頼んで、セレーネに会わせてもらう。
ありがたい事にバトラコイも私の様子に緊急事態である事を悟ってくれたのだろう。
セレーネはリベリオを従えた状態で、他の将軍と話している最中だったが、直ぐにセレーネの前にまで私を連れて来てくれた。
「どうしました?ソフィール」
「陛下にマダレム・サクミナミで起きている事態について至急報告する事が有ります」
「……。聞きましょう」
セレーネも私の様子と言葉にただならぬものを感じたのか、直ぐに聞く体勢を整えてくれる。
「陛下、先に言っておきます。私がこれから話すのは、どれほど信じられぬ内容であっても全て事実です」
「……。分かりました」
そして、続けて発した言葉に場の緊張感が一気に増す。
当然だ、私がわざわざ事実であると前置きしなければならなかった話など、セレーネにとっては片手で数えられるぐらいの回数しかないのだから。
だが、そんな前置きが必要になるほど私の見たものは有り得ないものだった。
「単刀直入に言います。マダレム・サクミナミ周囲の地面から、大量の兵が生えて来ています」
「兵が……生えてくる?」
「そうとしか称しようもありませんでした」
私が見たのは、マダレム・サクミナミ周囲の地面から南部同盟の装備一式を身に付けた兵士たちが無数に……それこそ何千何万のひとがたが、ゆっくりと生気を感じられない動きで地面の中から這い出してくる姿だった。
「数は……どれほどですか?」
「正確な数は分かりません。ですが……十万は確実に超えているものと思われます」
「「「!?」」」
私とセレーネの周囲に居た将軍の大半に動揺が走る。
「リベリオ、至急全軍に向けて伝令を。今日はここで野営を行い、各軍の将軍は私の元に集まるようにと」
「分かりました」
対するセレーネは表面上は落ち着いた様子で指示を出し、伝令を走らせる。
「ソフィールさん。ヒトが集まるまでの間に、一度詳しい話をお願いします」
「かしこまりました。陛下」
そして私はセレーネに私が見たものの詳細を話し始めた。
そう、私は忘れていたのだ。
ノムンはただのヒトではなく、あのシチータの血を引き、シチータに戦いと策謀の才だけは有ると言わせたヒトである事を。