第242話「準備-4」
「よし、砥ぎ終わった」
私の前には良く砥がれた長剣の刃三本と短剣の刃一本が並べられている。
これで後は鍔、握り、柄頭を付け、固定するだけである。
「それじゃあ……これね」
私は三本ある長剣の刃の中から一番出来の良い一本を手に取ると、刃を造った余りの金属塊から造った鍔とインダークの樹の枝から造った握りを付ける。
この長剣の基本的な構造はサブカが使っていた剣とだいたい同じなので、特に加工する必要もなく刃は収まる。
で、鍔と同じように作った柄頭を付け、最後にサブカが使っていたマントを持ち手部分に巻き付けていく。
これで一本目の剣が完成である。
「自分のはついでだって言っていたのに、一番出来が良いのを持って行くのね」
「そこは製作者の特権と言うものよ。それに貴女なら分かっていると思うけど、出来が良いと言ってもかなり見る目があるヒトじゃないと分からないぐらいの差で、お互いにぶつけ合ったりしても所有者の技量次第でどうとでもなる程度。特別気にする意味は無いわ」
「ふーん」
と、ペリドットがここで私の事を非難するような目で見つめながら声をかけてくる。
ただ、私の言葉を聞いてすぐに自身の意見を引っ込める辺り、私の言葉が正しい事は分かっているらしい。
それにしてもこの僅かな出来の差を認識できるとは……魔力によって武器を強化する魔法を手に入れただけあって、こう言う事に対してはとても鋭いらしい。
「ふむ……そうね」
しかしそう言う事ならば私としては都合が良い。
「ねえ、ペリドット。この二本のうち、どちらの方が出来が良いと思う?」
「どっちって……こっちの方が少しいい感じがするけど?」
「ふむふむ」
私はペリドットの前に二本の長剣の刃を置き、どちらの方がより出来が良いかを聞いてみる。
そうしてペリドットが選んだのは私も出来が良い方であると感じていた方の刃だった。
やはりペリドットの目はかなり良い。
そして、後天的素養だけとは言え、英雄であるペリドットが選んだというのは中々に意味がある事では無いかと思う。
「じゃあ、こっちが『英雄の剣』で、こっちが『ヒトの剣』にしましょうか」
「は?」
私はペリドットが選んだ方の剣に金を混ぜ込んで作った鍔、白木の木で作った持ち手、青い宝石を填め込んだ柄頭を付けていく。
そして、ペリドットが選ばなかった方の剣に銀を混ぜ込んで作った鍔、普通の木で作った持ち手、赤い宝石を填め込んだ柄頭を付けていく。
なお、鍔、持ち手、柄頭のいずれにも精緻な装飾を施してあり、素人目に見てもこの剣が特別な物である事が分かるようになっている。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ。『英雄の剣』に『ヒトの剣』ってどういう意味よ!?」
「ん?別に大した意味はないわよ。ただ単にこの剣は英雄を統べる者に与えられる剣だとか、この剣はヒトを統べる資格を有する者に授けられる剣だとか表向きに言わせるためだけに付ける名前だから」
まあ、本音を言わせてもらうなら、剣にこんな装飾など不要な代物の極みなのだが。
剣は武器であり、敵を切る物である。
その機能に装飾は必要ないどころか、むしろ邪魔であるとさえ言える。
だがそれでもこんな装飾を付けるのは、この剣を戦いで振るう予定の存在が、こんな装飾など何の問題にもしないだけの技量を有している事と、その一度の戦いが終われば以後は実戦で使われる事のない儀礼用の剣になるからである。
でなければこんな無駄な物を付けたりはしない。
絶対にだ。
「な、何をする気なのよ……土蛇」
「簡単に言ってしまえば王権の正当性の証明と言う所かしらねぇ。まあ、今のヘニトグロで御使い様から直接授けられたなら、誰の目にも王である事が証明されるでしょうね」
「……」
私は続けて短剣に一本目の剣……敢えて名づけるなら『妖魔の剣』と言うべき代物と同じ鍔と柄頭を付ける。
持ち手は……流石にインダークの樹の枝は使えないし、普通の樹にしておこう。
「ああ一応言っておくけど、この小屋の中で知った事を誰かに話したら、私は貴女の事を始末しなきゃいけなくなるから。黙ってなさいよ」
「だ、誰が言うものですか!土蛇の秘密どころか、西部連合全体に関わる様な秘密なんて喋ったら、命が幾つあっても足りないわよ!!」
「ふふふ、良い心がけね」
と、ここまで話したところで、既に顔面蒼白で全身をブルブルと震わせていたが、念のためにペリドットに釘を刺していく。
そしてペリドットの想像は決して間違いではないだろう。
この秘密が外に漏れたら、最低でも……うん、二人は漏らした者と漏らされた者を消しにかかるべく動きだすヒトが居るな。
「じゃあ、これをあげておくわ」
「えっ、うわっ!?」
私は革製の鞘にしっかりと納めた短剣……敢えて名づけるなら『存在しない剣』とでも呼ぶべきそれをペリドットに投げ渡し、ペリドットはそれを何とか落とす事なく受け取る。
「いきなり何を……っつ!?」
で、私はペリドットに顔を近づけ、お互いの吐息が相手にかかるような距離で口を開く。
「貴女には悪いけれど、今後貴女には常に私の傍に居てもらう事になる。少なくとも貴女が不要な事を喋る事が無いと言える確証を得られるまで」
「それは……分かってるわよ……」
「けれど私の傍は色々と危険なの。だからその短剣は貴女の護身用として持っておきなさい」
「……。この刃が貴方の背を貫くかもしれないわよ」
「あら怖い。なら気を付けないといけないわね」
私はペリドットから顔を離すと、元の服装に着替えて『妖魔の剣』を腰に提げた鞘に、残りの二本を装飾を施した鞘に収めた上で、何処にでもありそうな木の箱に収める。
そして持てる荷物を二人で手分けして持つ。
「さて、造るべきものは作った事だし、後はこの小屋を解体すればお終いね」
ペリドットを連れて小屋の外に出た私は、使役魔法を使って小屋を破壊しながら地下へと沈めていく。
これで小屋がここにあった事は分かっても、何を造っていたかまでは分からないだろう。
「じゃ、行きましょうか。まずはフロウライトよ」
「分かった」
そうして後始末も終わったところで、私はペリドットを連れてフロウライトに戻るのだった、