第240話「準備-2」
「アレがそうね」
さて、インダークの樹についての用件が済んだところで、もう一つの用事を済ませる事にしよう。
と言うわけで、私はフロウライトの外、多少深めの森の中に造らせたとある建物へと一人でやって来ていた。
「ふむ、良い出来ね」
その建物ははっきり言って、小屋程度の大きさしかなく、私個人としてはこの大きさでも構わない……と言うか建物自体要らないのだが、少なくとも傍目にはフロウライトを治めるソフィール・グロディウスが使う建物には見えないだろう。
傍目には……そう、森の中にある点や、小屋の大きさに不釣り合いな程に立派な煙突などからして何かしらの事情で隠遁している鍛冶師の小屋と言った方が正しいか。
「道具類も完璧っと」
そしてその見方は正しい。
小屋の中に用意されているのは例の干し肉を含めた食料を除けば、後は炉や金槌、金床と言った鍛冶の為の道具ばかりであり、床板が張られている範囲すら小屋全体の半分以下なのだから。
「さてと。それじゃあ、頑張りますか」
そう、私のもう一つの用事とは、この鍛冶場で私の持つ全ての知識と技術を駆使してとある武器を打つ事。
私は此処に来るまで着ていた衣服から、鍛冶仕事の為に用意した専用の衣服に着替えると、床が土になっている部分に手を触れる。
さて、まずは材料の確保からである。
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作業開始から数日後。
「……」
私の前に設置された炉の中では赤い火が全てを焼き尽くさんばかりに燃え盛っていた。
炉の周囲ではふいごを使って風を送り込むべく、一定の速度で土の手が上下動を繰り返している。
そして炉の中では、赤く、ドロドロに溶けた金属の塊が自然の理など知った事か言わんばかりに複雑怪奇に動き回り、自身を均等に熱するように、混ぜ合わせるように蠢いていた。
ああいや、蠢いているという言い方は正しくないか。
正しく言うならば……蠢かせている、だ。
そう、私は使役魔法を使って周囲一帯の土を自分の支配下に置くと、その中から目的の武器を造るのにふさわしい金属を集め、使役魔法を発動したまま燃え盛る炉の中に放り込んだのだ。
「……」
当然、使役魔法用の魔石は早々に燃え尽き、今は私自身の魔力で使役魔法を発動させ、高温に熱せられている金属の塊を操っている。
己の全身が焼き尽くされるかのような熱を味わいながらだ。
まったく、使役魔法を使い慣れて、自分の感覚と感情を完全に切り離せる私だからまだいいが、下手なヒトがこんな真似をしたら、炎で焼かれる感覚によって精神だけが死ぬことになるのではないだろうか。
まあ、私以外にこんな事をやる存在が居るとも思えないが。
「さて、そろそろかしらね」
さて、炉の中では既に十分に金属が熱せられ、ドロドロに溶けている。
だがその目的上、私が造る武器がただの金属で出来ていたのでは、何かと示しがつかないだろう。
「お別れ……と言えるかは微妙な所ね」
だから意味が有るのかは出来上がるまで分からないが、幾つか特別な物を入れる。
その一つはサブカが使っていた剣。
私はマントと持ち手に使っていたインダークの樹の枝を外すと、刃の部分を炉の中に投げ入れる。
するとサブカが使っていたからか、それとも長い間私が腰に提げ続けていたからかは分からないが、僅かに炉の中の金属が白みを帯びる。
「……っつ!」
続けて私は自身の左腕をナイフで切ると、そこから流れ出た血を小さなコップ半杯分程貯め、炉の中に投げ入れる。
血は直ぐに金属の塊と混ざり合い、血に含まれていた私の魔力の働きによるものか、融けた金属の動きが少しだがよくなる。
「ソフィール・グロディウス!」
「陛下と」
「リッシブルー様のために」
「死ぬがい……へっ?」
と、ここで小屋の扉と窓から恐らくはリッシブルーの配下であろう暗殺者たちが小屋の中に侵入してくる。
その懐には大量の魔力が集まっており、私の推測が正しければマダレム・シーヤ攻防戦でファナティーが使おうとしていた自爆魔法を彼らは使おうとしていた。
が、私にとって彼らは丁度いい材料でしかなかった。
「「「うわあああぁぁぁ!?」」」
私は小屋の中に入る直前に何かに引っかかって転んだ間抜けな暗殺者以外の三人の身体を、無言のまま振り向く事も無く、炉の中から伸ばした金属の腕で掴み取ると、炉の中に引き込み、生きながらに焼き尽くし、混ぜ合わせていく。
彼らの怨嗟に満ちた慟哭が周囲一帯に響き渡るが、幸いにしてここは森の中であり、かれらの悲痛に満ち溢れた叫び声が聞こえていたのは私と一人残った暗殺者だけである。
「よ、よくも仲間を……」
そしてどうやら、その一人残った暗殺者は後天的な英雄であったらしい。
その身から大量の魔力が湧き上がると、シチータと同じように手に持った短剣へと魔力を集め、長剣並みの長さを持つ魔力の刃を作り出していた。
ふむ、これは都合が良い。
「し……うごっ……!?」
私は新たに使役魔法を発動させると、暗殺者である少女の両足を掴んで動きを止めた後、その腹を土の腕で殴りつける事によって気絶させる。
「ん?あらあら……」
そうして抵抗の出来なくなった彼女を炉の中に放り込もうとして気づく。
殴りつけた際に外れた布の下から出てきた彼女の顔が私が知るとある人物によく似ている事に、その指に見覚えのある黒い木の指輪が填まっている事に。
「これは殺すわけにはいかなくなったわね」
私はとりあえず彼女……ペリドットの衣服と装備を全部剥いで炉の中に放り込んだ上で、動けないように土の縄で彼女の全身を縛り上げるのだった。
まったくというか何と言うか……インダークの樹はまた何かをしてくれたらしい。
なお、暗殺者を処分する間、ソフィアは振り向きもしていません。