第238話「戦いの後-3」
「さて、レイミア様の協力も得られたところで、話を進めましょうか」
「話?」
「ええ、レイミア様を今日こちらに招いたのは、今後の為にソフィールさんたちとの顔合わせを行うためだけでなく、とある事をお伝えする為でもあります」
さて、レイミアの能力に由来する不安要素が取り除かれたところで本題である。
この為に私はトーコに二つの壺を運んでもらったのだし、色々と研究することにもなったのだから、良い方向に事が進んでほしいものであるが……まあ、やってみるしかないか、色々と不確定要素が大きいものであるし。
「単刀直入にまずは事実だけを申し上げさせてもらいます。レイミア様、貴方の御両親は……」
で、肝心の本題とやらだが、レイミアの両親についてである。
そのレイミアの両親についてセレーネは……
「既に亡くなられています」
一切のためらいもなく言い切った。
「……」
そして、セレーネの言葉を聞いたレイミアは一度天を仰ぐように顔を上げ、大きく長く息を吐き、それからセレーネを見つめるように顔を戻した。
だが、そうして戻されたレイミアの顔には涙の一滴も浮かんでおらず、動揺した様子もなく、静かで、無感情な表情だった。
「動揺も驚きもしないのですね」
「あの戦いで私の両親の話が出た時、セレーネ王、貴方は“確保”と言った。部下たちからの報告や漏れ聞こえてきた貴方の性格からして、もし私の両親が生きているのなら、救出やそれに近いニュアンスの言葉を使ったはずだ」
「……」
「だからあの時点で私は内心覚悟していたんだ。私の両親はもうこの世に居ない。とね」
だが表情とは裏腹に、その声音は何処まで悲しそうなものだった。
やはり覚悟はしていても、真実を聞かされ、実際に味わうとなれば話は違うらしい。
「それで、今回の為にわざわざソフィール殿を呼んだという事は、まだ他に話があるという事で?」
「ええそうです。ソフィールさん」
「分かったわ。レイミアの両親について分かっている事を話させてもらうわ」
まあ、それはそれとして、まずは私の知る限りではあるが、レイミアの両親の死について分かっている事を話す事にする。
レイミアの両親が相当昔に死んでいる事、その死因が表向きは病死になっている事、本当に病死か怪しい事、死体の処理がかなりぞんざいだった事、後はこれらの話を補強するような種々の物的証拠について色々とだ。
そうして色々と私が話した結果。
「……」
レイミアは表情こそ変えていなかったが、全身から魔力を立ち昇らせ、多少気配に聡い者なら誰でも分かるようなレベルで怒っている様子を私たちに見せていた。
ああうん、これはちょっと怒り過ぎだ。
これほど怒ってしまうと、プラスの面よりもマイナスの面が大きくなってしまうだろう。
それこそリッシブルー当人を見た日など、我を忘れて突貫しかねない。
「「……」」
と言うわけで私は一度セレーネに視線だけで許可を求め、セレーネも小さく頷く事で私に了承の意を返す。
更に怒りを煽る可能性もあるし、思わぬ方向に話が転ぶ可能性もあるが、やらないよりかはマシだろう。
「コホン。レイミア、今の情報はあくまでも私が調べた限りの情報よ」
「確かにそうだが、間違った情報とは思えないし、ソフィール殿以上に詳しく知っているヒトが私たちの側に居るとは思えないな」
「そうでもないわ。私以上に詳しく事の次第を知っている可能性があるヒトが居るもの」
「何?」
私は困惑しているレイミアを尻目に、トーコに部屋まで運ばせた二つの壺を私の前へと持ってこさせる。
「一応言っておくけど、あくまでも人格を再現しただけで、しかも効果時間は長く見積もって三分程度で一度だけ。成功しない可能性すらあると言っておくわ」
「?」
「はい、分かってます」
私は壺の蓋を開けると、その中に入っていた土にそれぞれ腕を突っ込む。
なお、今の注意はレイミアに向けたものと言うより、どちらかと言えばセレーネに向けたものである。
この魔法はセレーネの求めに応じる形で調整した魔法なのだし。
「では、再燃する意思・ひとことはゆるし」
私は二つの壺の中に収められた魔石に自身の魔力を流し込み、魔石を発動する。
すると魔石は周囲の土を己の支配下に置くと同時に、壺の中に一緒に収められていた頭蓋骨と装飾品からとある情報を読み取り、それらを核としてとある姿を象っていく。
「なっ!?まさか……そんな……」
「ほっ……」
「凄い……」
「あの二人が……」
「成功したか」
「ソフィルんてば、またとんでもない事をやったね」
やがてそれは壺の外に足を踏み出し、色がつき、レイミアにだけは誰だかはっきりと分かる姿となる。
そう、再燃する意思・ひとことはゆるしとは……
「父上……母上……」
「これは一体……レイミア!?レイミアなのか!?」
「ああ何てこと……まさかこんな奇跡があるだなんて……」
死者の遺骨や遺品から、生前の人格を一時的に再生させるという、再燃する意思の魔法の改良形の一つであり、『蛇は骸より再び生まれ出る』の劣化版とでも言う魔法である。
まったく、『蛇は骸より再び生まれ出る』のように特別な何かを用いるならばともかく、普通のヒトの遺骨と遺品から人格と姿を再現しろと言うのだから、セレーネも大概無茶苦茶な要求をしてくるものである。
だが、それだけの価値はあったらしい。
「済まなかったな、レイミア。私たちのせいでお前に苦労を掛けた」
「ごめんね、レイミア。私たちのせいで嫌な思いをさせてしまって」
「いいえ、そんな事はないです。父上と母上が居たからこそ……」
本来は有り得ない死んだはずの両親との会話によって、レイミアの怒りの火は見る見るうちに収まっていったのだから。
「ではさよならだ。レイミア」
「元気でね。レイミア」
「はい、父上と母上もどうぞ安らかにお眠りください」
そしてレイミアとレイミアの両親との語らいは、十分と言う私の想像をはるかに越える長さで続き、終わった。
これだけ魔法が長く続いた理由は……まあ、それだけレイミアの両親がこの世に残した未練が多かったという事なのだろう。
術者である私の消耗も想定の半分以下で済んでしまってるし。
「セレーネ王」
「何ですか?レイミア様」
やがて両親が元の土に戻る頃、レイミアはセレーネの方を向く。
「私は貴方に忠誠を誓う事を今ここで宣言させていただきます。何が有ろうとも、決して裏切らず、ただ貴方の為に働きましょう」
「はい」
膝を着き、頭を垂れ、剣を捧げる姿のレイミアの口から放たれたのは、セレーネに忠誠を誓う言葉だった。
「そしてソフィール殿。貴方にも感謝を。魔法による再現とは言え、父と母に再び会わせてくれたのだから」
「まあ、西部連合の為に頑張ってくれれば私はそれでいいわ」
「言われずとも、尽くすさ」
こうしてレイミアは心の底から私たちの……いや、セレーネの仲間となり、名実、心身いずれもマダレム・シーヤは西部連合に降った。
これが西部連合にとって良い事なのは、間違いないだろう。
降霊術ですらありません。
本当にただの再現です。