第237話「戦いの後-2」
「と言うわけなのよ」
「なるほど」
指令部の中庭で休憩中だったウィズの元に赴いた私は、先程シェルナーシュと出した結論をウィズに話した。
「では、こうするべきですね」
「ええ、普段はそうするべきね。それと、着ける時も期待はしないように」
「分かっています。父上」
私の話を聞いたウィズは、私たちの推論が少なくとも大筋については正しいと判断してくれたのか、左手に嵌めていた二つの指輪を外し、布に包んだ上で懐に収める。
所有しているだけでも効果を発揮してしまう可能性もあるが、一先ずはこれで大丈夫だと信じたい所である。
まったく、意図が見えない善意と言うのは厄介なものである。
私が言えた義理でもないが。
「ウィズ・グロディウス殿。ソフィール・グロディウス殿。お話し中失礼いたします」
「あら、どうしたの?」
「何か問題が起きたか?」
と、ここでセレーネの親衛隊の一人が私たちの元にやってくる。
その顔に焦りの色などは見えないが、顔色からしてどうやらセレーネかその周囲の人物からの正式な用件ではあるらしい。
今、私とウィズの二人を呼び出す案件となると……あれか。
「陛下より、お二方を部屋に招くように申しつけられました。レイミア将軍との話し合いに同席して欲しいとの事です。また、ソフィール殿につきましては、例の物も持ってくるようにとの事です」
「分かった。直ぐ行こう」
「分かりました。部屋に戻って取るべきものを取ったら、直ぐに向かいます」
「ありがとうございます!」
「では、父上。私は先に」
「ええ」
ウィズが親衛隊の後をついていき、セレーネが待っている部屋へと向かう。
それにしても、やはりレイミア将軍との話し合いか……彼女がそちら方面でも利口な人物であると助かるのだけれど……まあ、駄目だった場合には、ウィズには悪いが、不幸な事故に遭ってもらうだけか。
「トーコ、例の壺を運んで頂戴」
「りょうかーい」
「シェルナーシュ、部屋に入ると同時に……」
「言われなくても分かってる。この手の状況では必須と言っていいからな」
部屋に戻った私はトーコに大きめの樽ほどの大きさがある壺を二つ持ってもらい、シェルナーシュにとある頼みごとをした後に、セレーネの居る部屋に向かう。
「既に中で皆様お待ちです。あ、ソフィール殿のお付きの方も一緒に入って構わないとの話でした」
「分かったわ」
そしてセレーネの居る部屋の前でバトラコイと話した後、私は一度シェルナーシュと目を合わせてから三人揃って部屋の中に入る。
そうして部屋の中に入った私たちに対して最初に聞こえてきた声は……
「なっ!?妖魔!?」
一瞥しただけで私たち三人を妖魔だと見極め、驚くレイミアの声。
「くっ……妖魔が何故ここに居る!?」
だが、レイミアが驚きで動きを止めたのはその一瞬だけで、次の瞬間にはセレーネ、ウィズ、リベリオの三人を自身の背後に置き、その身を守るように私たち三人に向けて腰の剣を抜いていた。
うん、実に良い反応で対応だ。
驚いたのは一瞬だけだったし、彼女視点では状況が理解できていないように見えるセレーネたちを守るように動けているのだから。
「レイミア様」
「セレーネ王、お逃げください。ここは……」
と同時に、やっぱりシェルナーシュに頼んで静寂の魔法を部屋全体に展開しておいてもらって良かったなとも思う。
今の声を部屋の外に居るバトラコイに聞かれていたら大惨事待ったなしだし。
「レイミア様。彼らは味方です」
「わた……なっ!?」
「ソフィールさん。自己紹介を」
「そうね。まずは名乗りましょうか」
と言うわけで、レイミアを落ち着かせるためにも、セレーネの声にレイミアが困惑している内に名乗ってしまおう。
後、ウィズ、無表情を装ってはいるけれど、内心かなりドキドキしているのがバレバレだから。
こういう状況に陥る事は予想できたんだし、もう少し心の準備を付けておきなさいっての。
リベリオを見習いなさい。
完全に感情をコントロールして、何が起きても動けるように備えてるから。
まったく……と、それどころじゃなかった。
「私の名前はソフィール・グロディウス。ただしこれはヒトとして名乗る時の名前」
「ヒトとしての……名前?」
「本当の、妖魔としての名前はソフィア。土蛇のソフィアと名乗った方が分かり易いかもしれないわね」
「っつ!?」
顔を隠すための帽子を外して行った私の名乗りに、レイミアは信じられないものを見るような目で私の事を見る。
そしてそれと同時に怯えからか、僅かではあるものの体を震わせ始める。
まあ、彼女の反応はある意味では当然の物だ。
なにせ今まで散々南部同盟の事を苦しめてきたソフィール・グロディウスの正体が、五十年以上生きている妖魔だったのだから。
「ちなみに後ろに居るのはシェルナーシュとトーコ。二人とも私と同じ程度には生きている妖魔よ」
「!?」
「ふんっ……」
「どもー」
おまけに私の背後に居る二人も同格の妖魔だと暗に言っているのだから、レイミアの恐怖は筆舌に尽くしがたいものだろう。
「セ……セレーネ王」
だがそれでもレイミアは恐怖から意識を遠ざけるような真似はしなかった。
うん、実に素晴らしい。
後は彼女の選択次第だが……。
「レイミア様。彼らの存在こそが私たち西部連合が抱える最大の秘密です。そして貴方はこの秘密を知ってしまった。いえ、その能力故に教えられました。後は、貴方自身の心がけ次第です」
「ごくり……」
口を噤むのであれば何も起きない。
だが、口を開くのであれば……誰にとっても不幸な事柄が起きることになる。
これはそう言う話であり、返事は普通に行けば、「はい」か「いいえ」しかない。
「……。一つだけ条件があります」
「何でしょうか?」
しかし先天性の素養だけとは言え、流石は英雄と言うべきか。
レイミアは少々違った。
「もしも彼らがヒトを食べる場を見知らぬ誰かに見られたならば、私は彼らの事を妖魔だと告発します。それが許されるならば……私は口を噤みます」
この状況でなお交渉をしようと言う胆力を見せつけたのだから。
「良いでしょう。その時は私も貴方の味方をしましょう。ソフィールさんは?」
「その条件ならば私も異論はないわ。元々不特定多数にバレたら、そうするつもりだもの」
レイミアの言葉に、私は勿論の事、セレーネも内心では笑いが止まらなかった事だろう。
なにせこれだけのことを言えるヒトが自分たちの味方に加わるのだから。
順調にセレーネがソフィアと同じように黒くなっている気がする。
09/30誤字訂正