第232話「マダレム・シーヤ攻略戦-8」
「以上が私の考えた策になります」
マダレム・シーヤ攻略戦七日目。
昨日のアレで無事に立ち直ったウィズは、半日も経たない内に一つの策を考え付き、セレーネに計画を話していた。
「随分と貴方らしくない策ですね。ウィズ・グロディウス」
「そうですね。私らしくない策なのは確かです。危険な策になることも確かです」
ウィズの策は出発前に私たち全員で立てた計画と並行して行われる策だった。
本人の言うとおり、実行者が大きな危険に晒されるのも確かであり、セレーネもウィズもどちらかと言えば忌避するタイプの策だった。
「……」
だがセレーネはウィズの策を即座に却下するような真似はしなかった。
「えーと、どうでしょうか……?」
ウィズがセレーネに意見を求める中、当のセレーネの視線は天幕の中に置かれた忠実なる箱庭に、更に詳しく言うならば、模型の中央に置かれた三つの駒に向けられる。
駒の色は赤。
駒の特徴は彼らがマダレム・シーヤに居る指揮官たちの中でも特に地位がある……つまりは七天将軍七の座レイミアの副官である事を示していた。
そしてこの三つの駒は、昨日の昼からずっと同じ場所に立ち続けていた。
「戦線は膠着しかけている。そうですね。ソフィール・グロディウス」
「ええ、陛下の仰る通りです。戦線は膠着しています。お互いに距離を取って行える攻撃ばかりをするようにしていますから」
「このまま待てばどうなります?ああいえ、これは考えるまでもありませんでしたね」
レイミアが危惧している事は私にも分かる。
このまま戦線が膠着すれば、フロウライトから補給物資を持ってこれる私たちと違って、マダレム・シーヤ側はやがて物資が欠乏することになる。
特に矢や魔石、投石用の石などは真っ先に足りなくなるだろう。
そう言う風に仕向けているのだから。
ではそうなった場合、マダレム・シーヤ側の指揮官……レイミアとその部下たちはどうするだろうか?
「そうですね。わざわざ私が口に出す事でもありませんが、それでも敢えて言わせてもらうなら、降伏か、打って出るかの二択です」
「……」
降伏してくれるなら話は楽だ。
それでこの戦いは終わる。
だが敵が打って出て来れば?
セレーネが危惧しているのはそうなった時に出るお互いへの被害だろう。
おまけに今朝の話ではあるが、西の方で動いている別働隊からとある報告も私経由でセレーネに来ている。
その報告の内容を考えれば、両軍が正面から激突し合う以上に厄介な状況になる可能性は十分にあった。
「戦いは機先を制した者が勝つ。兵は拙速を尊ぶ。ノムンとリッシブルーの性格。兵と士官の動き。マダレム・シーヤの地形と気候。一般人の戦闘能力……」
セレーネがブツブツと独り言を呟きながら、何か考え込む様子を見せる。
こうなった時に私に出来るのは?
「ソフィールさん。この一人残った副官はマダレム・シーヤ中を移動しているようですが、具体的には何をしていますか?」
「私が見ている限りでは、兵に指示を出したり、一部の民衆と何かを話し合ったりですね」
セレーネが求める情報を提供する事であり、余計な口を挟む事ではない。
「会話の内容は?」
「距離が有るのでそこまでは。ただ、その地区の有力者や商人、各種職人だけでなく、一般人や破落戸と話したりはしているようですね。それと私の忠実なる烏対策なのか、何度も衣服を変更していますね」
「……。この副官は七天将軍六の座、リッシブルーの配下。で、いいんですよね」
「ええ、リッシブルーの元から、レイミアの元に監視役も兼ねて派遣されてきた人物です」
「ありがとうございます。ソフィールさん」
勿論、セレーネが求める情報の内容から、セレーネが何を考えているのかは分かる。
そしてセレーネの考えが正しい可能性が高いのは、上から直接マダレム・シーヤを見ている私が一番よく分かっている。
だがそれでも決断を出すのはセレーネであって私ではない。
致命的な失策でもない限りは、セレーネの成長の為にも私は黙っている。
「ウィズ・グロディウス」
「はい」
さて、どうやらセレーネは結論を出したらしい。
「今すぐにこの策を行うための準備を行いなさい。今日中に決着を付けます」
「了解いたしました!」
セレーネの了承を受け、ウィズが天幕の外へと何事も無かったかのようにゆっくりと歩いて出ていく。
ゆっくりと出ていくのは、ウィズ程の地位にある人物が走って出て行けば、何かが有ったと悟られるからだ。
なにせ今回の策は、相手に今日も同じような戦いが続いていると思われなければいけないのだから。
「ソフィールさん」
「ご安心を、陛下。私の方の準備は整っていますので、何時でも動けます」
「ありがとうございます。期待していますね」
「一応言っておきますが、失敗した時の事も考えておいてくださいね」
「それは分かっていますので、大丈夫です」
ウィズに続く形で私とセレーネも天幕の外に出て行き、それぞれに行動を開始する。
と言っても、私がやるべき事は変わらないので、最後の確認と……うん、これをウィズに渡しておくぐらいか。
「ウィズ」
「何ですか父上?っと、これは?」
私は策の為、馬に乗って東門前の陣地に向かおうとするウィズ、シェルナーシュ、トーコの三人に会うと、二つの指輪をウィズに投げ渡す。
「インダークの樹の枝から私が造った指輪よ。リベリオ曰くその状態でも魔力を持っているらしいから、持っておけば何かしらの御利益があるかもしれないわ」
「それはまた……分かりました。では遠慮なく」
「気を付けなさいよ」
「ええ」
「行ってくるねー」
「……」
ウィズたちが本陣から走り去っていく。
さて、こうなれば後は出た所勝負である。
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