第230話「マダレム・シーヤ攻略戦-6」
「お互いの顔も分からないような距離であった時からも、何故か目と目が合ったという感覚があり、それに伴って顔が紅潮し、胸が高鳴り、食事も策も手がつかなくなり、これでは駄目だと分かっていても相談をしようと考える事すら出来ず……」
「「……」」
ウィズはもはや錯乱していると言っても良いような様相のままに口を開き、レイミアが近くに居るとどうなってしまうのか普段のウィズからは考えられない程にまとまりのない言葉で発し続けている。
その姿には私もセレーネも、周囲の人々も呆然とする他なかった。
「ーーーーーーーー!」
「えーと、リベリオ、シェルナーシュさん。一つ質問だけど、今のウィズさんに錯乱や魅了、それから使役魔法のような、精神に影響を与えるような魔法ってかかってます?」
が、何時までも呆然としているわけにはいかない。
素の口調に戻ってしまっているが、セレーネがまずウィズに魔法がかかっていないかをリベリオとシェルナーシュに聞く。
「ーーーーーーーー♪」
「えーと、俺……じゃなかった。私が見る限りではその手の魔法がかかっている痕跡は見られません」
「小生の知る限り、その手の魔法は強力な効果を有するものほど準備に長い時間を必要とする。ウィズの生活からしてそのような魔法をかける暇があったとは考えづらいな。まあ、レイミア将軍が短時間で強力な暗示を掛けられる能力を持っているというなら話は別だが……それならとっくの昔に彼女が南部同盟の王になっているだろうな」
「つまり、これは魔法などにかかった結果ではないと」
二人の答えにセレーネは少し頭痛を感じているような仕草をする。
いやまあ、なんかもうレイミアに対する愛とか歌い出しちゃっているし、普段のウィズを知っているヒトほどこの光景は衝撃的なのだろう。
何人かは絶望的な表情も浮かべているし。
私?私は……一周回って逆になんか落ち着いてしまっている。
きっと過去にグジウェンと言う今のウィズ並みにヤバいヒトを見てしまっているからだろう。
「ソフィールさん。その……ウィズさんって恋などは?」
「私が拾う前については分からないけれど、拾った後については一切の色恋沙汰は無かったはずよ。ずっと勉強と仕事をしていたから」
「つまりウィズさんにとってはこれが初恋と言う事ですか?」
「そう言う事になるのかしらねぇ」
落ち着いてしまっているついでに、此処からどうすればセレーネと西部連合にとって一番有益な展開に持って行けるのかを考えると同時に、今までに得ている情報からレイミアがどんな女性かを推測し、どんな男が好ましいと感じるかを考え、今のウィズが彼女の理想に見合うか否かと言ったことも考えてしまっていた。
それで考えた結論だが……うん、こうするのが一番か。
「ソフィールさん、ウィズさんの頭を冷やす方法はありますか?」
「私も未婚で、色恋沙汰は苦手なのですが……頭を冷やすというよりは、建設的な方向に考えの方向を変えさせる方法ならありますが、どうされますか?」
「ではそれでお願いします」
「分かりました」
セレーネもこのまま放置するわけにはいかないと、私に許可を出してくれた。
「ウィズー」
「父上!」
と言うわけで、私はレイミアへの想いをひたすらに語り続けるウィズの元に近づく。
「父上がなんどぎゃ……!?」
で、ウィズがこちらを向いた瞬間にその額に向けてデコピンを放ち、縦に四分の三ほど回転させつつ地面に倒す。
「キモい」
そして立ち上がれないように片足でウィズの頭を踏みつけつつ、とびっきりの蔑みの視線を踏みつけているウィズの後頭部へと向ける。
「キモ……うぐっ」
勿論、ウィズに反論をさせたりはしない。
「ウィズ、確かにレイミア将軍は素敵な女性で、彼女を妻として持てた男性は幸せものでしょう。それは認めましょう。でもねぇ……私の経験上、レイミア将軍のような女性は今の貴方のように公私の分別が付けられない男は大嫌いよ。それこそ今の貴方に嫁ぐぐらいなら、死ぬかノムンと結婚した方がマシだと思うでしょうね」
「!?」
ウィズがとてつもなく大きな衝撃を受けたかのように体を一度大きく震わせる。
「と言うわけで女を目の前にした豚の妖魔のように盛っているバカ息子、ウィズ。彼女と本気で結ばれたいと思っているなら考えなさい」
「……」
「陛下にマダレム・シーヤを献上するための策を、味方の被害を出来るだけ少なくするための策を、彼女を生きて捕えるための策をね」
「……」
「ウィズ・グロディウス。貴方が今までに学んだ全ては何のためにある?どうすれば彼女に見せるに相応しい自分を見せる事が出来る?どうすれば、陛下の望みを、己の望みを、彼女の望みを、全て達する事が出来る?」
「……」
「考えなさい。貴方は考える事が出来るヒトなのよ」
「……はい」
私はウィズが一度小さく返事をしたところで足をどかす。
そしてゆっくりと顔を上げたウィズの表情は、実に晴れやかな物だった。
「陛下、心配をおかけして申し訳ありませんでした。このウィズ・グロディウス、もう大丈夫です」
「そ、そうですか。では、今後ともよろしくお願いいたしますね」
「はい!」
うん、これならもう大丈夫だろう。
「では、失礼させていただきます!」
そうして迷惑をかけた謝罪をしたのちに、ウィズは明日以降の準備をするべく天幕の外に出て行った。
なお……
「ボソッ……(わ、私もソフィールさんみたいにならなくちゃいけないのかなぁ。王様なんだし)」
「ボソッ……(駄目だから!セレーネはああなっちゃ駄目だから!)」
「ボソッ……(そうですよ!あのやり方は絶対にセレーネ様には向きませんって!)」
「ボソッ……(まさかウィズにあんな面があったとはな……いや、ある意味ではソフィールの息子らしいか)」
「ボソッ……(そだねー、何と言うかフロりんと会った頃のソフィアんを思い出したよ)」
天幕の中から聞こえてくるこれらの会話については、敢えて気にしない事とする。
シェルナーシュとトーコには後でみっちりと私とウィズの違いを話す事にするが。
似た物親子
09/22誤字訂正