第228話「マダレム・シーヤ攻略戦-4」
「あらら、ソフィアんの言うとおり、帰っちゃった」
「やはりこうなったか」
「まあ、これは仕方がないわよね」
「ん?どうして仕方がないの?」
私とシェルナーシュはセレーネたちの動きに納得をしつつ、駒の動きを見守る。
だがトーコは納得がいかなかったのか、私たちの方に疑念を抱いた視線を送ってくる。
ふむ、このまま私が説明してもいいが……どうせだし、セレーネたちが今回の件をどう思っているかを盗み聞きしつつ説明する事にしよう。
「んー……そうねぇ……よし、上手くいった」
私はウィズに持たせていた忠実なる蛇の魔石を地脈を介して起動。
魔石を包んでいる土を使役し、疑似聴覚を発生させる。
で、折角なので忠実なる箱庭ともリンクさせ、それぞれの駒が喋っているかのように音を出力させることにする。
「とりあえずこれを聞きながらにしましょう」
『ザッザッザッ』
「?」
「ほう、また面白い小技を」
模型から複数人が土を踏む音と、金属同士がこすれ合う音が聞こえ始める。
さて、どんな会話をセレーネたちはしているだろうか。
『いやはや、まさか交渉の座に着く事すら拒否するとは。如何為されますか?セレーネ陛下』
『ご安心を。ルズナーシュさん。今日は交渉すら行えないというのは、私にとっては予想通りの展開ですから』
『予想通りなのですか?』
まず聞こえてきたのはルズナーシュの声、続けてセレーネの声が、その後にバトラコイの声が聞こえてくる。
『ええ、予想通りです。そもそも相手は私がどんな人間なのかを正しく知らないのですから、交渉の席に着く方がおかしいとも言えます』
『彼女の周囲にはノムンとリッシブルーが配下として寄越した者が居ますしね。下手をすると、交渉の席に着いただけで離反を企んでいると告げ口される可能性もあると思いますよ』
『こ、交渉の席に着いただけで離反だなんて……』
『ノムンは見せしめの為に小さな罪を大きく見せる事や、犯していない罪を犯したように見せ、処刑を行うと言う手法も取りますから。リベリオの言った可能性も彼女なら当然考慮していると思います』
『そ、そうなんですか……』
「うへー、ノムンってやっぱり酷いね」
「だがここまで注意を払い、能力も十分にあるからこそレイミアは生かされているのだろうな」
「でしょうね。でなければどれほど切羽詰っていても、自分に対して反抗的な思想を有しているヒトを七天将軍の座に就けるとは思えないわ」
まあ、逆に言ってしまえば、用済みになった後ならば微かなミスでも大きな罪にして、ノムンは彼女を処分しようとするのだろうが。
まったく、彼女が自分の事を一番に考えるヒトなら、その点を徹底的に突いて容易くこっちに引き込めたのに。
しかし私としては最近は背も伸びて体格もしっかりしてきたという事で、リベリオを戦力としてセレーネに着けていたのだが、どうやら会話の様子を聞く限りでは文官か小間使いのような仕事も十分にこなせているらしい。
出来ないよりは出来た方が良いので、問題はないのだが。
『それに交渉は出来ませんでしたが、今日こうして私たちは彼女と交渉を行う用意がある事を示す事は出来ました。これで彼女とその周囲のヒトたちには、こちらと交渉することを考えてくれるでしょう』
『なるほど。最初から交渉したのでは離反の意思ありと取られかねないが、追い詰められてからの交渉ならば、傍目には時間稼ぎのように思えるか。それならば彼女が乗ってくる可能性は十分にありますな』
『そうです。それこそ私たちの側にノムンを打ち破るだけの力があると彼女が認識してくれれば……光明は有ります』
『彼女が気にしているのは、そう言うものですものからね。ですから……』
「ん?ん?」
「分からないなら黙っていていいわよー」
「なるほど。そう言う事か……」
さて、セレーネたちの話は続いているが……とりあえずトーコには難しい話であったらしい。
まあ、トーコがこの手の話を苦手にするのは昔からなので、もうそう言う性質だと思っておくとしよう。
彼女……レイミアが自分の両親と同じくらい気にしているものにも、セレーネたちは無事に気付いたようだしね。
「ソフィア。お前がセレーネに頼まれていたあれ、もしかしなくても相当責任重大じゃないか?」
「いやまあ、出来なければ出来ないで何とかすると思うわよ。セレーネだし」
そしてセレーネたちが気付いた先の展開まで察したのだろう、シェルナーシュが私に大丈夫かと言う視線を送ってくる。
が……正直に言って全然大丈夫じゃない。
全然上手くいく未来が見えない。
理論上は可能であっても、理論と実践は全くの別物なのである。
『ところでウィズ?貴方にしては珍しく先程からずっと口を開いていないけど……』
『……』
『ウィズ?』
『ウィズさん?』
『ほう、これはこれは……』
『?』
「ん?ウィズん何かあったの?」
「何かは有ったんだろう。で、何が有ったんだ?」
「さあ?私にも分からないわ?」
と、ここまで一言も発していなかった事を疑問に感じたセレーネがウィズに声を掛けるが、ウィズにしては珍しく何かを思い悩んでいるようで、音声と模型の動きを見る限り、セレーネの声も碌に耳に入って来ていないようだった。
ふむ、本当に珍しい。
『ウィズ・グロディウス!』
『っつ!?申し訳ありません!陛下!!』
『まったく、貴方らしくもない。一体どうしたというのですか?』
『え、えーと、あ、はい。レ、レイミアとの交渉でしたね。私自身まだよく分かっていませんので、この件につきましては……』
『その件については、もうどうするかは決まっています。まったく本当に貴方らしくもない。一体どうしたというのですか?』
『その……すみません!一度頭を冷やしてきます!』
『ウィズ!?』
セレーネたちの声が急激に聞こえづらくなっていく。
そして、模型の上ではセレーネたちから離れるように、ウィズの駒が勢いよく移動し始めている。
『まったく、どうしたと言うんだ私は……遠目に……それも顔も殆ど分からないような距離で顔を見ただけなのに……』
「「……」」
「ちょっ!?ソフィアん!?いいところだったのに!?」
ウィズに何が有ったのかはとても気になるところだった。
が、ウィズの言葉がそこまで聞こえた所で私とシェルナーシュは視線を交わし、察し、盗み聞きを止めることにしたのだった。
「まあ、そう言う歳だものねぇ……」
「相手が一人なら、小生のような思いはしなくて済むな。羨ましいぞソフィア」
「何で切っちゃうのよ!ソフィアーん!!」
うん、とりあえずお茶でも飲んで落ち着くとしようか。