第226話「マダレム・シーヤ攻略戦-2」
「彼女……『蛇眼』のレイミアは、蛇の妖魔の血を引く先天性の英雄よ」
模型の中央に置かれた小さな人形を指差して言った私の言葉に、トーコ、セレーネ、ウィズ辺りがもしかしてと言わんばかりの表情を送ってくるが、私は手振りだけで違うと言っておく。
実際私は食べるときは最後までしっかり食べるから、子供が出来る可能性は残らないし。
後、私の子供なら蛇眼にはならないと思う。
「容姿については、金色の髪に、蛇のそれによく似た目を持っていて、『蛇眼』と言う通称もそこから来たみたいね。ちなみに顔の造形は普通のヒトよりちょっと美人なぐらいで、胸の大きさも普通ね」
容姿については特に誰も反応はしない。
まあ、ここに居る面々は相手が美人だからと言って手加減をしたり、妙な行動に走ったりはしない面々なので、当然と言えば当然の反応だが。
なお、敵でなくなればルズナーシュは口説きにかかるだろうが、それはいつもの事なので私は気にしない。
「性格については誠実かつ気遣いが出来る性格で、都市を治める責任上悪党には容赦ないけれど、善良な市民にはとにかく優しいと言う感じね」
「誠実で優しい?」
私の言葉にセレーネが疑問を感じているようだが、私はセレーネの疑問を無視して、今は話を進めることを優先する。
「実際、彼女の治安維持能力は評価に値するわ。ノムンが王として君臨していた間に悪化した治安は、ノムンがマダレム・サクミナミに移り、彼女が統治を任せられるようになって以降、急激に良くなっているもの」
「なるほど」
「また、政治、軍事の部分についても秀でた才を持っていて、ここ数年東部連盟がマダレム・シーヤより南に攻め込めなかったのは彼女の存在が大きいわね。腐敗官僚や野盗の類も取り締まっているし、当然だけど住民からの評価と信頼もかなり高いわ」
「凄いですね」
「加えて蛇の妖魔の血を引いているため、個人的な戦闘能力も普通のヒトとは比べ物にならないほど高く、これは噂でしかないけれど……彼女はどれほどヒトに酷似した妖魔でも一目で見極められるらしいわ」
「「「!?」」」
私の言葉にルズナーシュとリベリオ以外がとても驚いた様子を見せる。
まあ、その気持ちは分かる。
私たちにとって一目で妖魔か否かを見極められる能力を保有している存在と言うのは、非常に厄介な存在であるからだ。
それも特に立場を持たない人物ならまだしも、周囲の人々から信頼を得ている人物が保有しているのだから、厄介なことこの上ない。
「と言うわけで、この時点で分かると思うけど……」
「少なくとも彼女が排除できるまでは、父上たちは表に出せませんね」
「ソフィアさんたちが妖魔だと知られたら……どうなるかなんて目に見えていますものね」
「何時か出てくると思っていたが、ここで出て来るとはな……小生にも予想外だ」
「あばばばば、ど、どうするのソフィア……むぐぅん!?」
「はい、トーコは黙る」
と言うわけで、既にウィズがどうするべきかを、セレーネが出したらどうなるかを言ってくれているが、私はトーコの口を土の蛇で抑えつつ、セレーネたちに私、トーコ、シェルナーシュの三人は今回裏方に徹することになる事を伝える。
まあ、最低でも彼女を排除するか、籠絡するまではマダレム・シーヤに近づくのも控えるべきだろう。
私たちの正体が一般に知られてしまえば、セレーネがその地位を追われることは殆ど必定だと言っていいのだから。
「それでまあ、話を続けるけれど、私個人としては、彼女はこちら側に引き込みたい所ではあるわね」
「マダレム・シーヤの統治を円滑に行うために。ですね」
「そう言う事。彼女さえ引き込めれば、後はノムンが寄越している監視役数人を始末すれば、マダレム・シーヤはそのまま手に入る。後はどうにかして私たちの正体について口を噤んでもらえるようにお願いすれば、万事丸く収まるわ」
だが逆に言えば、彼女……レイミアを仲間に出来れば、私たちが得る物はかなり大きい。
なにせマダレム・シーヤが丸ごと手に入ると言っても過言ではないのだから。
「それでソフィアさん」
「何かしら?セレーネ」
となれば後の問題はどうやって彼女を説得するかであるが……正直に言うと、私にはまるで説得材料が見つからなかった。
「なぜ彼女はノムンに従っているのですか?話を聞く限りでは、とてもノムンに従うようなヒトには思えませんけど」
「単純な話よ」
なのでここは話せるだけの事情を話して、セレーネたちにどうにかしてもらうとしよう。
「レイミアには自分を育ててくれた義理の両親と、実の兄のように慕っていた男性が一人居たの」
「もしかして……」
「ええ、レイミアの反抗を恐れたノムンは、まず見せしめとしてほんの少しのミスを大事に仕立て上げ、義兄を処刑したわ。それも相当に惨いやり方で」
私は敢えてどうやってレイミアの義兄が処刑されたのかは話さない。
資料で見ただけでも、惨いとしか言いようのない処刑法だったからだ。
「その後、レイミアの両親は人質としてマダレム・サクミナミに囚われ、リッシブルーの部下を通した手紙のやり取りでしか関わりを持てなくなった。そして、両親の命を握られているレイミアはノムンの指示通りに働くしかなくなったのよ」
「酷い……」
ノムンへの怒りが為に、セレーネは唇を噛み締め、拳を強く握り閉める。
まあ、実際には彼女が従わざるを得ない理由は他にも有るようだが。
「ですが父上。それならば彼女の両親を救出出来れば、彼女はこちらに降ってくれるのでは?」
「そうね。私もそう考えたわ」
けれど本当に酷いのはここからだった。
「でもね。レイミアの両親はとっくの昔に死んでいるのよ」
「「「!?」」」
私の言葉に全員が驚きの表情を表す。
実際、人質の件についてまではリベリオたちにも話していたが、ここから先は私が独自に調べ、今まで誰にも話していなかった情報であるから、その反応も仕方がない。
「死んでいるって……なんで……」
「資料を見る限りでは病死となっているけど、実際の所は怪しいわね。ただ、死体の方は確認しているから間違いないわ。一応頭蓋骨と少しの装飾品だけは回収もしてある。あのままだと、何処に埋められたのかすらも分からなくなりそうだったし」
「それじゃあ彼女は……」
「ええそうよ。レイミアは両親が死んだことも教えられずに、ノムンたちにとって都合のいいように働かされているのよ。まるで奴隷のようにね」
そして人質が既に奪還不能な状態になっている。
これが私にはまるで説得材料を見つけられない最大の理由だった。
だがそれでもだ。
「さあセレーネ、リベリオ、ウィズ。今回は貴方たちが考えなさい。どうやって彼女を私たちの敵でなくさせるのかを」
私はセレーネ、リベリオ、ウィズの三人ならば、レイミアを説得できる。
根拠もなくそう感じていた。