第225話「マダレム・シーヤ攻略戦-1」
「よくぞお越しくださいました。ささ、こちらへどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
レーヴォル暦二年、秋の三の月。
私たち西部連合はいよいよ南部同盟討伐に向けて動き出す事になった。
つまり、西からは西部連合の諸将が、東からは東部連盟の人々が、南からは双方から出てきた軍船が岸伝いに、北からはセレーネが率いる軍勢が、それぞれにノムンが居るマダレム・サクミナミに向かって道中の都市や砦を攻略しながら進み出したのだ。
「さて、それじゃあ早速マダレム・シーヤ攻略の為の軍議を始めましょうか」
「はい。よろしくお願いしますね。ソフィアさん」
「ええ、勿論」
と言うわけで、本日は私、リベリオ、ルズナーシュ、セレーネ、ウィズ、トーコ、シェルナーシュと言う私の正体を知っている面々だけをフロウライトにある私の屋敷の一室に集め、フロウライトに最も近い南部同盟の都市、マダレム・シーヤを攻略するための作戦会議を行う事になったのだった。
なお、この部屋の防音はシェルナーシュと私の魔法を組み合わせることによって、ほぼ完璧なものになっているので、情報が漏れる可能性は皆無である。
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「さて、まずはマダレム・シーヤの基本的な情報のおさらいから行きましょうか」
「はい」
「よろしくお願いします。父上」
私は机の上に盆を置くと、その上に土と魔石を乗せ、使役魔法を発動。
忠実なる烏や忠実なる蛇によって測定したマダレム・シーヤを一定の比率に沿って縮小した模型を作り出す。
そして、そこに更に密偵や斥候から得た情報に合わせてヒトの人形や、指揮官の人形を造り出して配置する。
「ソフィア。お前また妙に繊細な魔法を……」
「ほう。流石はソフィール殿だ。これは興味深い……」
「ちょっと暇だったから、役に立つかと思って作ってみただけの魔法よ」
シェルナーシュとルズナーシュが妙に感心した目つきで舐め回すように模型を見ているが……うん、こういう所はやっぱり親子なんだと思う。
まあ、二人については放置しておくとしよう。
今はマダレム・シーヤについてだ。
「さて、見て貰えばわかると思うけれど、マダレム・シーヤは四方を丘に囲まれ、丘の角度が変わる場所に沿って城壁が建てられた都市よ」
「門は街の四方にしかないんですね」
「そして、門に行き着くための道は視界が良く開けていて、密かに接近する事は出来ないと」
「それに最初の門を破っても、街の中枢……敵の司令官が居る場所にたどり着くまでに、もう二つ壁を越えないといけないんです」
マダレム・シーヤは五十年ちょっと前に私が訪れ、トーコとシェルナーシュの二人に出会った時から基本的な構造は変わっていない。
ただ、シチータの手によって、都市内部がドーナツ状に造られた城壁によって三層に分けられていたり、丘部分が雨風の浸食や土を操る魔法によって崩れないように手を加えられているぐらいである。
「何と言うか……戦いの為の街って感じですね」
「実際その認識で間違っていないと思うわよ。今のマダレム・シーヤ自体がマダレム・エーネミとマダレム・セントールによる侵略から身を守るために造られた都市であるし、シチータがこの場所を拠点に定めたのは政治的な都合だけじゃなくて、外敵対策もあったはずだから」
「つまりこれだけ強固な造りになった原因の一端は父上にもあると」
「否定はしないわ。実際昔の私も散々苦労させられてきたしね」
ウィズの指摘に私は胸を張って返すが、セレーネとリベリオは何処か乾いた笑みを浮かべている。
たぶん、どうやって攻め落とせばいいのかが分からなくて、笑うしかないのだろう。
なお、こちらにはマダレム・シーヤを落とさないという選択肢はない。
軍事面だけを考えても背後を衝かれる可能性を残しておくのは愚策だし、そうでなくともマダレム・シーヤはシチータがかつて拠点としていた地。
この地を自らの手で取らなければ、後々セレーネの王位は揺らぐことになるだろう。
そしてそれ故に私は事前の調査をこれでもかと行い、判明した事実を包み隠さず話さなければならない。
「よくない情報はまだあるわよー」
「えっ!?」
「「……」」
「マダレム・シーヤの兵士だけど、さっき挙げた二都市に対抗するためとして、伝統的に厳しい訓練を行っているから、その実力はかなり高い。そして兵士だけでなく民衆も都市を守る為ならば一致団結する傾向にあるわ。だからそうね……実質的に向こうの戦力は万を超えると思ってもらっていいわ」
と言うわけでまずは兵士の錬度と数についての情報。
野戦ならまた話は別であるが、攻城戦となれば、前述の地形の問題もあって、相当の苦戦を強いられることになるだろう。
「おまけに指揮官が優秀なおかげで士気も高く、内応の類は期待できない」
となれば敵の兵の一部を取り込んで、内側から門を開けさせたいところだが……マダレム・シーヤの場合、指揮官が優秀なのでそれも厳しい。
正直な所指揮官の下についている例の連中の方が、一般の兵よりも騙しやすいのではないかと思う。
「加えて食料、武器、修理用の資材と言った各種物資も完備。その気になれば一年ぐらいは耐え凌げるかもしれないわね」
また、その後の諸々を考えると出来れば避けたい所であるが、長期戦になっても単純にこちらの方が分が悪い。
なにせ相手はその気になれば一年、少なくとも数ヶ月は確実に耐えられるように事前に備えているのだから。
「ですが父上」
「ええそうね。此処までについてはあくまで基本情報。場合によっては私やリベリオ、トーコ、シェルナーシュ辺りが出ればどうとでもなる要素ではあるわ」
「と言う事は……」
「ええ、一番厄介なのは……」
ただ悩ましげな表情を見せているセレーネには悪いが、今回の作戦において私たちにとって最も厄介な点は地形でもヒトでもなく……
「このマダレム・シーヤを統括している七天将軍七の座、『蛇眼』のレイミアよ」
マダレム・シーヤの中心、最も安全な場所で指揮を執っているはずの先天性英雄、ただ一人である。