第224話「橋架け-13」
「おやっ」
東部連盟との戦いから一月が経ち、一通りの事後処理が終わると共に事の顛末を記した報告書がマダレム・セイメに居るセレーネの元にも届いた頃。
「何の用だい。クズ男」
『随分な挨拶ね。リリア』
私は忠実なる蛇の魔法によって作り出した土の蛇を、マダレム・セイメに用意された『黄晶の医術師』の支部に寄越していた。
目的は当然、私が今居るこの部屋の主、『黄晶の医術師』の総長であるリリア改めリリア・ヒーリングに会うためである。
「用件は?」
『東部連盟との一件に関する報告書は見た?』
「見た。まったく、また悍ましい魔法を造って……」
『その件で貴女にだけ話しておきたい事が有るのよ』
「……」
最初はあからさまに面倒そうな表情をしていたリリアだが、私の言葉に目の色を変え、一気に真剣な表情を浮かべる。
どうやら私の口調とリリアにだけ話しておきたい事が有るという言葉から、ただならない気配を感じ取ってくれたらしい。
「この後にこの部屋を訪ねてくるヒトがいないはずだから、安心して話しな」
『恩に着るわ』
そうして私は話し始める。
今回の東部連盟との一戦で用いた忠実なる烏・穢の魔法がどう言う発想の元に構築された魔法であるのかを。
忠実なる烏・穢が報告書に記されているような新たな魔法ではなく、既存の魔法の組み合わせでしかない事を。
そして殺傷能力の中核として用いられているのが、ただの治癒の魔法でしかない事を。
そうして私の話を聞き終わったリリアは……
「……拙いね。この上なく拙い」
表情は変えずに、ただ深刻そうな気配だけを漂わせてそう呟いた。
「ソフィア。今回はアンタに感謝しておくよ。もしもこの事が西部連合に敵対する者が先に気づいていたら、大惨事になるところだった。ああいや、対抗策を見出す前に敵が気付いたら同じことか。いずれにしても今回はアンタに感謝するよ」
『感謝される謂れはないわ。私には対抗策が見いだせなかったんだから。それに……ええ、発想が特殊なもので、今回の件については私独自の魔法かつ今後は使用しないからと言う事で、全資料を破棄したように見せたけど、独自に辿り着くヒトが居ないとも限らないわ』
実際、忠実なる烏・穢の魔法は私とリリアの二人が揃って危険視するには十分な魔法である。
なにせ烏人形の部分については土の使役魔法を基に発展させた魔法であり、普通のヒトに扱えるような魔法でないからいいが、疫病部分については治癒の魔法と言う『黄晶の医術師』に所属する大多数の魔法使いが使用可能な魔法を少々見方を変えて使っただけなのだから。
いや、生命力を底上げしたり、補給したりと言った魔法は割合多くの流派に存在している魔法であるし、それらの魔法で同様の使い方が出来る可能性を考えれば、潜在的には疫病を撒き散らす魔法を使えるヒトの数は恐ろしい量になるだろう。
そしてその使い方に気づいた魔法使いの中に、西部連合を敵視する存在が居ないとも限らないし、もっと恐ろしい何かが居てもおかしくはないのだ。
「いずれにしても、コイツに対抗するための魔法の開発は必須だね。それと治癒の魔法の改良と使い手の教育についても見直しが必要だね」
リリアは早速行動を開始するべく、複数枚の羊皮紙を出して何かを書き綴っていく。
そして一通り書き終わったところで、何も書かれていない羊皮紙を出して、私に視線を向けてくる。
ふむ、そう言う事か。
「ソフィア。アンタの目から見て、疫病にかかった連中の症状はどうだった?」
『一口に症状を言うのは難しいわね。活力を与えられた病魔が微妙に違ったのか、距離の問題だったのか、症状に結構差があったから』
「なら一人ずつ把握している限りで話しな。アンタがバラまいた種なんだからね」
『分かったわ』
私はリリアの求めに応じて、疫病に感染した東部連盟の兵士の症状を、把握している限りで話す。
幸いな事に私の中にはヒーラの知識が有るので、その知識に基づいて症状を話す事で、スムーズに説明することが出来たと思う。
そうして説明する中で私もリリアも一つの事実に気づく。
『……。症状を見た限りだと、外科手術を行った後に患者が熱を出して倒れる症状や、女性が出産後に熱を出す症状に近くないかしら?』
「そうだね。非常に近い。いや、中にはそのままの症状を出している奴もいるね」
『となるともしかして……』
「今まで知られていなかっただけで、そう言う事なんだろうね。はぁ、まさか老い先短い身でこんな事に気づくとは……本当に世の中分からないものだねぇ」
彼らに生じた症状の大半が、今までにも突然発生する厄介な病として知られていたものだったからだ。
『色んな意味でこの件についてはよろしく頼むわね』
「そうだね。出来る限りの事はやっておくよ」
そうして私とリリアの話し合いは一つの大きな発見と共に終わる事になった。
術後の感染症や産褥熱の事です