第221話「橋架け-10」
「ソフィール……グロディウス……」
「コイツが……あの……」
「七天将軍すら殺した化け物……」
私の名乗りと魔力に、東部連盟の兵士たちは両脚を震わせて怯えている。
どうやら昨日の夕方から今に至るまでの攻撃でもって、兵の心はすっかり折れてしまっているらしい。
将については……状況と戦力差が読めていないのか、やる気のようなものを見せている愚か者が何人かいる。
まあいい、それよりも今はだ。
「さて、東部連盟の皆様。私から貴方たちに対する要求はとても単純です」
「「「……」」」
「退け。今日はお前たちが作った陣地まで、そして明日の昼までには陣地からも消え失せろ」
「「「!?」」」
徐々に放出する魔力を強めつつ、こちらが求めている事を分からせてやるのが先決である。
「退かないと言えば……どうするつもりだ?」
東部連盟の指揮官の一人が発した言葉に対して、私は右腕を空に向けて伸ばす。
するとそれに合わせてルズナーシュが指示を出し、砦の中に居る魔法使いたちが夜空に向けて炎や光と言った暗い状況でもよく見える魔法を大量に放つ。
「この世から退いてもらう。ただそれだけの話よ」
私の言葉に東部連盟の兵士たちに更なる動揺と恐怖が広がる。
この状況で馬鹿な指揮官が攻撃の命令を発しようとしたら……まあ、死ぬのはその指揮官の方だろう。
確実に死ぬと分かっている命令を部下にやらせることが出来るのは、それ相応の敬意と信頼を得ている者だけだ。
「ソフィール殿」
と、ここで一騎の騎馬が聞き馴染みのある声と共に前の方に出てくる。
「あら、オリビンじゃない。何の用かしら?」
私の前に出てきたのはマダレム・バヘン第二中隊の隊長であるオリビンさんだった。
この状況で出てくると言う事は……そう言う事なのだろう。
「何の用?貴方なら皆まで言わずとも分かっているでしょう」
「けれど言わなければ分からない事もあります。だから、言わせていただきましょう。退けと言われて退いたのでは、我々の立つ瀬がない。と」
「我々の立つ瀬がない……ね」
やはりそう言う事であるらしい。
確かにその方法ならばこれ以上兵に被害を出すことなく、今回の戦いの幕を引く事が出来るだろう。
ただこの策は被害を少なくするだけで、完全に無くす策ではない。
少なくとも一人は確実に死人が出ることになる。
「ではどうするつもりかしら?兵と兵の戦いは既に決着がついている。このまま続けたところで一方的な蹂躙劇になる事は目に見えているわよ」
だがそれでも私はこの策に乗るべきである。
この策が全て成功すれば、出さざるを得ない犠牲に対してとても多くの益を得る事が出来るのだから。
「確かに兵同士の戦いについてはそうでしょう。ですが、将同士の戦いにはまだ決着がついていないのではありませんか?」
「何が言いたいのかしら?」
だから私はこの策に乗る。
犠牲の大きさを理解した上で。
「ソフィール殿。私との一騎打ちをお願いしたい。そして私が勝利した暁には、橋を東部連盟と西部連合の共有財産とし、トリクト橋の前の土地に我々の砦を建築させてもらう」
「随分と大きく出たこと」
オリビンさんの要求に、私の背後から兵士たちが動揺している様子が伝わってくる。
彼らの反応も当然ではあるだろう。
此処まで押し込んでいるのに、将軍同士の一騎打ちで戦いの勝敗を付けようと言うのだから。
東部連盟の将兵も動揺し、困惑し、恐怖している。
兵士はこれから自分たちはどうなるのかと言う思いで。
指揮官たちはオリビンさんに任せていいのかと言う不安と、ここで迂闊に口を出せば自分がどうなるのかと言う予想で。
「けれど面白いわ。良いでしょう。その申し出受けてあげる」
私は忠実なる蛇を利用した通信でリベリオとルズナーシュに兵を落ち着かせるように指示を出しつつ、オリビンさんの提案を受け入れる。
「南部同盟のロシーマス将軍を打ち破った自分が負けるわけがないとお思いで?」
「絶対に勝てる戦いなんて無いわ。けれど自分が弱いとも思っていないわね」
オリビンさんは馬を降りると、兜、鎧、盾と順々に外していき、最後に腰に挿していた剣を両手で構える。
対する私も馬から降りると、懐から着火の魔石を使って、私たちの周囲にある木の杭に片っ端から火を付け、戦いの結果が誰からも見えるように十分な量の灯りを確保する。
「私相手に防具を身に付けない……か。良く分かっているじゃない」
「その得物と貴方相手に半端な防具など身に付けるだけ無駄ですから」
私とオリビンさんは全ての将兵の視線が注がれる中、お互いの得物を構える。
そしてオリビンさんの目を見て私は悟る。
なるほどどうやら彼は本気で私に勝つつもりであるらしい。
ああ素晴らしい。
それでこそ戦い甲斐があるというものだ。
蛇の妖魔『土蛇』のソフィアとしても、西部連合のソフィール・グロディウスとしても。
「はああぁぁ!」
やがて、誰かが合図したわけでもなく、ごく自然に戦いが始まり、オリビンさんが勢いよく切りかかってくる。
「ふんっ!」
対する私はまず右手でハルバードを横に振るい、戈の部分でオリビンさんの剣を半分ぐらいの所で叩き折り、そのままの勢いでオリビンさんの首も狩ろうとする。
「死んで……」
だがオリビンさんはギリギリのところで身をかがめて私のハルバードを避けると、そのまま更に前に出て、途中で折れた剣を振るおうとする。
「甘い」
「たまる……っ!?」
しかし、オリビンさんの剣が振られる前に私は左手で腰に挿していた剣を抜くとオリビンさんの横をすり抜けながらその首を一閃して切り裂く。
「……」
「分かってるわ」
そして血を噴き出す喉を両手で抑えながら、声が出ない口と目で最後の言葉を伝えてくるオリビンさんの頭に向けて私はハルバードを振り下ろした。
09/14誤字訂正