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ソフィアズカーニバル  作者: 栗木下
第4章:蛇の蜷局囲う蛇
218/322

第218話「橋架け-7」

「撤退とはどういうつもりだ!」

 翌日の昼。

 トリクト橋前に展開された東部連盟の陣地の中でも特に警備が厳重で、他の物よりも二回りほど大きい天幕の中では二つの陣営に分かれて激しい言い争いが起きていた。


「橋の前に在るのは急ごしらえの砦が一つだけなのだぞ!」

「そうだ!これを好機と捉えずして、何時攻めると言うのだ!」

「あの地の重要性を理解できないとは言わせんぞ!!」

 片方はフロウライトに攻め込む事を望む者たち。


「昨日の攻撃で食料を奪われ、多数の病人が出ている。この状況で攻め込んでも碌な事にはならん」

「おまけに今日の昼に届くはずだった新たな食料は奪われ、焼かれてしまった」

「残された食料はマダレム・バヘンに退くための分だけ。これで戦おうなどとは……正気とは思えんな」

 もう片方はフロウライト攻略を諦め、撤退することを望む者たち。


「ふざけるな!あれだけの事をされて、おめおめと引き下がれと言うのか!」

「儂らにはあの攻撃は警告のように思えたがのう」

 議論は朝の時点から延々と続いていた。

 が、昼ごろになっても輜重部隊が陣地に着かず、それどころかマダレム・バヘンから陣地に来るまでの道中で壊滅させられ、物資に火を付けて奪われた事が明らかになった頃から、撤退することを望む者たちの発言力が強まっていた。


「警告だと!?あの攻撃で一体何人の兵士が死に、今も苦しんでいると……」

「それは確かにそうだ。だが、もしもあの魔法の術者がその気だったならば、今頃全ての食料は奪われ、我々は全員床に伏していたはずだ」

「ああそうだ。奴は明確にこちらの食料庫の位置を把握して攻撃を仕掛けていた。もう一度同じ魔法を使えるかは分からんが……少なくともあの時我々が集っていたこの天幕をわざと狙わなかったのは事実だ」

「ぐっ……」

 フロウライトから撤退する事を望む者たちの意思は固かった。

 当然だ。

 彼らは自分の所属する都市の議会で承認を受けるか、あるいは独断でフロウライトを攻略するべくこの場に集まった者たちであって、勝ち目のない戦いに臨み、壊滅させられるのが仕事ではないのだから。

 そして、食料が無い状態で戦いを挑めば……凄惨な状況に至る事は誰の目にも明らかだった。


「そもそも今回の出兵は妙な所が多かった」

 攻略を望む者たちが、どうにかして説得する方法が無いかと悩む中、撤退を望む者の中の一人が口を開く。


「私が兵を率いて自分の都市国家を出発した時には、様子見だという話だったのに、マダレム・バヘンに着いたらマダレム・エーネミ……いや、フロウライトの攻略と占領に目的が変わっていたのだからな」

 その一人の言葉を皮切りに、流れは加速する。


「マダレム・バヘンでも散々言われましたなぁ。彼らは良き隣人となる事を望んでいる。交易も少しずつ始まっていると」

「だ、だが先に攻撃を……」

「何の前触れも出さずにこれだけの数の武装集団を送り込んだのだ。むしろ彼らの対応は当然だと思うぞ」

「兵の犠牲を……」

「そんなものはそれぞれの都市に帰った後、出兵を強要した連中に押し付ければいいだけの話だ」

「此処で撤退するなど私のプライドが……」

「ならば自分たちだけで勝手に攻め込むと良いじゃろう。儂らは退かせてもらう」

「そうだな。少々きつめの行軍訓練だったとでも兵たちには思ってもらうとしよう」

「倒れた兵を治療するためにもマダレム・バヘンに戻る準備を早々に整えねばな」

「やれやれ、チャンスが有れば狙ってもいいかと思ったが、これならば真っ当に取引をする方が遥かに良かったな」

「はぁ、マダレム・バヘンに留まる事を選んだ連中が正解だったわけか」

「……」

 加速した流れは誰にも止める事は出来ず、話はフロウライトから撤退する方向にまとまる。

 そして、一人また一人とフロウライトから撤退することを望む者たちは天幕から去って行き、自分の兵が集まっている場所に向かっていく。

 彼らは今日の内にでもこの地から去るだろう。

 ソフィール・グロディウスという男とフロウライトが抱える戦略に恐れを為して。

 または自分たちの考えの甘さを理解して。

 あるいは本当に始末するべき相手が誰なのかを理解して。


「こ、このまま去るなど私のプライドが……」

「許さん。許さんぞソフィール・グロディウスめ……」

「何としてでも……何としてでもあの都市を我が物にするのだ。でなければ私は……」

 そして天幕の中にはフロウライトに攻め込む事を未だに望んでいる者だけが残されることになった。

 彼らの中には自分の配下を殺され、義憤に駆られてこの場に残った者も居たが、大半の者は自分自身の為に残った者であり……愚かとしか称しようのない人物たちだった。


「で、お主は儂らと一緒に去らんのか?」

「お心づかいはありがたいですが、私と私の中隊が今去るわけにはいきません」

 そんな天幕の直ぐ外。

 そこではマダレム・バヘン第二中隊の隊長であるオリビンと、杖を持ったローブ姿の老人が話をしていた。


「盗賊対策か」

「まだ生まれていない盗賊ですがね。それと隣人の実力を確かめる目的もあります」

「まあ場所が場所じゃしな。しかしそうなると……」

「ええ、私が死ぬ可能性が存在することも分かっています。なにせ相手は西部連合最強の策士にして戦士ですから」

「そうか。お主が生き残れる事を祈っとるよ」

「ありがとうございます。ストータス大老」

 彼らの会話が誰かの耳に止まる事は無かった。

 やがて、陣地内に留まっている兵士のおよそ半数はこの地から去って行った。

当初から考えていたネタの一つではあります


09/10誤字訂正

09/11誤字訂正

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