第215話「橋架け-4」
「拙い事になったわね……」
夏の二の月の初めごろ。
そして街の名をフロウライトに改め、トリクト橋完成まであと一歩にまで迫った頃。
私の元には複数の情報源から、一つの厄介な事柄がフロウライトに迫っている事を示す情報が集まっていた。
「ソフィール将軍。イニム殿をお連れ致しました」
「ご苦労様。貴方は仕事に戻って頂戴」
「はっ!」
情報の出元と内容はこうだ。
東部連盟の各所に潜り込ませた密偵からは、北部の都市国家の一部有力者が個々に兵を集め、マダレム・バヘンに向かっているという話が。
マダレム・バヘンの上空を定期的に飛行させている忠実なる烏の視覚からは、マダレム・バヘンの周囲に大量の兵士が集まっている光景が。
橋の完成が近いという事で少しずつ出始めていたフロウライト-マダレム・バヘン間の行商人からは、マダレム・バヘンの中に集まっている兵士の中にならず者とほぼ変わらない、かなり素行が悪い者が相当数混じっていると言う情報が。
そして今私の部屋には……
「さ、席に着いてちょうだいな」
「はい、ありがとうございます。ソフィール殿」
マダレム・バヘン側の交渉人として度々私たちと顔を合わせていたオリビンさん率いる第二中隊の隊員であるイニムがやって来ていた。
それも明らかに夜逃げを行った風体で、全部で四つ造ったインダークの樹の枝の指輪の内、オリビンさんに渡した二つの指輪の片方を持つという形でだ。
もう誰がどう見ても、異常事態だった。
「それで何が有ったの?」
「はい。説明させていただきます」
そうしてイニムの口からマダレム・バヘンの現状が語られた。
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「以上がマダレム・バヘンの現状になります」
「……」
「ソフィールさん……」
「かなーり面倒な状況だな」
イニムの話に、私、リベリオ、センサトの三人で揃って顔を曇らせる。
それほどにマダレム・バヘンの現状は厄介なものになっていた。
「申し訳ありません。我々にはもうどうしようも……」
「別に貴方たちは悪くないから、安心しなさい」
まず、今のマダレム・バヘンは東部連盟の各地から集まってきた有力者と、その兵士たちによってごった返している。
そんな彼らの目的はここ……フロウライトを陥落させ、トリクト橋共々奪い取ること。
そのためにフロウライトに最も近い都市国家であるマダレム・バヘンに集結しているのだった。
「しかし妙な話だ事。私たちは東部連盟の諸都市……特に北の方に位置する都市国家には、フロウライトとトリクト橋を建設する理由は伝えてあったはずで、しかもマダレム・バヘンとの公正な交易が始まりつつあったのは誰の目にも明らかだったはずよね」
勿論、フロウライトとの交易を始めようとしていたマダレム・バヘンにとっては、彼らの行動は余計なものを通り越して、邪魔な物でしかなかった。
だから、マダレム・バヘンの有力者たちは彼らの説得を試みた。
「はい、私がマダレム・バヘンを出る直前に聞き耳を立てた限りでは、迷っている兵や将の方もいらっしゃるようでした」
そうしてマダレム・バヘンの有力者たちの説得の結果、一部の将兵は何かがおかしい事に気づき、マダレム・バヘンにて状況を見定めようとする動きにシフトしつつあった。
だが大半の兵は、何故かマダレム・バヘンの思惑など知った事かと言わんばかりにフロウライトに攻め込むための準備を無理矢理進めているとの事だった。
そして早ければ、一週間後にもトリクト橋前の砦に襲い掛かってくるのでは無いかとの事だった。
「ソフィールさんこれって……」
何故こんな事になったのか。
まあ、彼らの行動の原因ははっきりしている。
「はぁ……これもマダレム・エーネミと言う土地の因果か何かなのかしらね。まあ、誰が裏で糸を引いているかなんて考えるまでもないけど」
「と言いますと?」
「たぶん、準備を止めない将兵は南部同盟の甘言と讒言に踊らされている連中よ。内容は……讒言の方は私たち西部連合が東部連盟に襲い掛かろうとしている、マダレム・バヘンは東部連盟を裏切ろうとしているとか、その辺ね。甘言は……フロウライトを奪い取ることを黙認するとか、東部連盟併合後も既得権益を守るとか、金品や物資のやり取りなんかもあるかもしれないわね」
南部同盟のノムンとリッシブルーによる西部連合と東部連盟を潰し合わせるための策だ。
敵同士を潰し合わせ、自分は美味いところ……落ちかけたフロウライトか、兵数の少なくなった東部連盟の何処かの都市を持って行くと言うのは、基本中の基本な策ではあるが、全くもって面倒な策を放って来てくれたものである。
「まあ、襲い掛かってくるものは仕方がないわ。兵よりも将を優先して討てるような策を考えて、自分たちの愚かさを理解させるしかないわ」
「隊長も言っていました。『どのように状況が推移するにしろ、君たちは自分の守るべきものを守ってほしい』と」
「そう……」
いずれにしても私たちがやるべき事は変わらない。
私はイニムが教えてくれたオリビンさんの言葉に多少悲しそうな顔をしつつも、東部連盟の兵を追い返すための策を考え、その準備を始めるのだった。