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ソフィアズカーニバル  作者: 栗木下
第4章:蛇の蜷局囲う蛇
213/322

第213話「橋架け-2」

「うーん……」

 ベノマー河に架ける橋の建造は私の立てた計画通り、職人の技術、『輝炎の右手』の魔法、兵士たちの力を組み合わせることによって、目立った事故も一件を除いてなく、実に順調に進んでいた。

 この分で行けば夏の二の月(五月)の中ごろまでには橋そのものは完成するのではないかと思う。


「どうしましょうかねぇ」

 ただまあ、私の立場上、橋の建造にだけ拘っているわけにはいかない。

 例のセレーネの婚約騒ぎの後始末関係で多少の書類仕事もあるし、橋を造り終った後にやる事の準備もある。

 それに南部同盟のリッシブルー対策もしなければならないし、マダレム・エーネミを安定させるためにやらなければならない事も色々とある。

 ぶっちゃけ猫の手も借りたいぐらいに忙しかった。


「あのソフィールさん。一体何を悩んでいるんですか?」

「ん?橋の名前よ」

「え、でも今手元にある書類は……」

「時間が無いから同時に進めてるのよ。私の処理能力なら簡単な書類仕事中に別の何かを考えていても問題は起きないしね」

「……」

 実際それぐらい忙しいので、今後の事も考えてリベリオにも多少の書類仕事を任せているが、働きぶりは悪くない。

 これなら平時にも多少の仕事を割り振れるだろう。

 ま、リベリオの書類処理能力はさて置くとして、今はベノマー河に架けている橋の名前を考えなければならない。


「そもそも橋の名前って色んな人から意見を募って決めるって言ってませんでしたか?」

「その予定だったんだけど、ルズナーシュの顔を見ていたら何か嫌な予感がしたのよねぇ……」

「嫌な予感ですか……」

「と言うわけで、自分で決めることにしたのよ」

 リベリオがなるほどと言った様子で頷く。

 実際この勘は……外れていないと思う。

 ルズナーシュの母親であるシューラ、彼女のネーミングセンスについては昔シェルナーシュからチラリと聞いただけだが、相当なものだったはずであるし、息子にそのセンスが受け継がれている可能性は決して低くないだろう。

 そしてそのルズナーシュが、マダレム・エーネミ内ではテトラスタ教のトップである。

 うん、凄く嫌な予感がする。


「問題はどんな名前を付けるかだけど……」

 私はリベリオに聞かせるつもりで様々な名前を挙げていく。

 この手の名前は普通、地名、建築責任者の名前、後は誰それに捧げると言う事でその人物の名前を付けたり、何かしらの縁起のいい単語を付けたりするものである。


「うーん、何となくですけど、エーネミ橋とかベノマー橋とかは辞めた方がいいと思います」

「ソフィール橋ってのも辞めた方がいいわよね。御使いの名前だし」

「グロディウス橋とかはどうですか?」

「んー……なんか違う気がするわ」

 書類仕事をしながら私たちは話を進めるが、中々いい案は出てこない。

 と、ここで私はあの事故を……今回の建造で今のところ唯一死者を出す事になった事故と、その事故で青年兵士の名前を思い出す。


「ふむ、決めたわ。トリクト橋にしましょう」

「トリクトと言うと……あの事故の?」

「そう、結果論になるけれど、あの事故のおかげで作業している全員の意識が改革できて、その後に起きるはずだった事故の数がだいぶ抑えられたのよね」

「だから彼の名前を付けると?」

「ええ、戒めの意味も込めて……ね」

 トリクト、彼は私に付き従って、マダレム・セイメからマダレム・エーネミにやってきた兵士である。

 少々酒好きではあったが、仕事ぶりは悪くなかった。

 友人知人も多く、彼が死んだときには多くのヒトが嘆き悲しんだものである。

 そしてそんな彼が死んだ原因は、ほんの少しの焦りによって建造中の橋から足を踏み外し、ベノマー河に落ちた事だった。

 その後、私たちは彼の死を教訓とし、安全を第一として作業を進めるようになり、彼の死から今に至るまでは一人の死者も出ていない。

 これほどの大工事であるにも関わらずだ。


「……」

「ソフィールさん?」

「……。いえ、何でもないわ」

 と、此処までが表向きの話。

 嘘ではないが、全てでもない。

 仮にも訓練を受けている兵士なのだ、突然河に落ちた程度で何も出来ずに溺れ死んでいたら、兵士など務まらない。

 トリクトが助からなかったのは……そう、前日に彼は大量の酒を呑んでいて、表には出していなかったが二日酔いの状態だったためである。

 この事実を知った時には、何と言うか……死体を引き上げて何で死んだのかを、計画にミスが無かったかどうか、一人で色々と探ったり、再計算したりしていた私の労力を返せとか、色々と言いたくなったものである。

 ただまあ、彼の死のおかげで工事に関わる全ての人員が気を付けて作業するようになったのは事実である。

 と言うわけで、彼の死について表向きの情報を刻んだ石碑を橋の欄干に、真実を刻んだ鉄板を橋の内側に仕込んで、その栄誉を讃える事にしよう。


「……。なにか碌でもない事を考えている気配がするんですけど」

「あはははは、気のせいじゃないかしらねー」

 喜べトリクト。

 君の名前は後世まで残る事になるだろう。

 この橋の建設で唯一犠牲になった者として、その命を以て私たちを戒めてくれた者として、そしてこの土蛇のソフィアをシチータとは別の意味と方向性で苦しめてくれたヒトとして。


「ははははは」

「……」

 うん、ちょっとすっきりしたのはここだけの話だ。

09/05誤字訂正

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