第211話「婚姻-2」
「最初はムーブレイと言う方の甥のエキタズと言う方が私に求婚してきたんです」
「ふむふむ」
ちっ、あの能無し共め、余計な事を。
私は内心でそう毒づきつつも、その思いを表に出さずセレーネに話の続きを促す。
「そうしたら次から次へと、私に結婚を申し込む方、婚約だけでもと望む方が次から次へと出て来まして……」
セレーネの視線が部屋の片隅で積み重ねられた大量の羊皮紙へと向かう。
どうやらアレがセレーネに求婚してきた連中のリストであるらしい。
と言うわけで、私はセレーネに頼んで羊皮紙の内容を見させてもらう。
まあ、羊皮紙の中身が求婚の内容で分類されている事から分かるように、婚約だけでもと望んだ連中の中には、あわよくばとか、後で断られるのを前提とした物とか、セレーネの安全確保を目的として行動を起こした者も居るだろうし、問答無用の処分はしないが……ムーブレイとその一族には今から覚悟しておいてもらおう。
「それで今はウィズさんたちが防波堤になって、出来るだけ穏便に断る方法を模索していただいている所なんです」
「なるほどね」
なるほど、ウィズは既に動き出しているのか。
となれば今回の問題も遠からず解決することになるだろう。
そもそもとして今回求婚してきた連中の中で、本気で求婚してきている連中は片手で数えられる程度だろうし、大半は断られても仕方がないと思っているだろう。
と言うかまだ十四歳にもなっていないセレーネに対して、婚約ではなく今すぐ結婚する事を望むような奴は、色々と問題があると思う。
「で、エキタズたちから何を言われたの?」
「!?」
まあ、その辺りについてはウィズに任せて、私はセレーネの説得に当たるとしよう。
ウィズたちが断る方向で動いているのに、セレーネがあんな手紙を私に送ってきたと言う事は、それ相応の事情があってしかるべきなのだから。
「分かり……ますか」
「分かるわよ。貴女が賢い子だというのはよく分かっているもの。で、言われたのは……婚姻と引き換えに各種方面での援助をするとか、そんな感じかしら」
「ははは、そこまで分かるんですね。流石はソフィールさんです」
「嫌でも分かるわよ。自身に魅力が無い男が頼るのは暴力と権力だって相場が決まっているもの」
私の中の彼女が今まで以上に苛立ち、騒ぎ出し始めるのを感じつつも、私は言葉を紡ぐ。
対するセレーネは……全てを見透かされていたためか、何処か気まずそうにしている。
実際セレーネは考えてしまったのだろう。
自分が何処かの家の有力者と結婚することによって、その家の力を利用すると言う未来を、その有用さを。
その賢さ故に求婚してきた者たち以上に正確に、子細に。
だがしかしだ。
「ソフィ……」
「ただね。セレーネ。そんな好きな女ひとり自分の力で惚れさせられないような男とその男の周囲が持つ力、そんな物がこの私の作り上げたグロディウス商会の力とテトラスタ教の権威を上回れると思う?」
「でも……」
「貴女の味方であるティーヤコーチたちの力が、貴女の為に戦う事を決めた親衛隊や兵士たちの力が、この先戦い抜くのには不十分だと思う?」
「……」
「ついでに言わせてもらうのなら……グロディウス商会含めて、私たちはまだまだ成長途中なの。それに、この先まだ見ぬ味方が出てくる芽は十分過ぎるほどにあるのよ。だからはっきりと言わせてもらうわ」
一つ思い出してもらいたい。
シチータは南部同盟内での権力基盤を安定させるためにフムンの母親だけでなく、ノムンの母親とも結婚した。
だが、ノムンの親族は自分たちの事しか考えない連中だった。
結果、今のヘニトグロの惨状に繋がってしまった。
権力の為に結婚することが絶対に悪い事であるとは言わない。
だが少なくとも今セレーネに求婚をしてきているような連中と結婚した場合、シチータの二の舞になる事は間違いないだろう。
故に全力で阻止する。
「セレーネ。私は貴女が一生を添い遂げたいと思える相手と結ばれることを望むわ」
「一生を添い遂げたいと思える相手……」
「私たちのことなど気にせず、貴女自身が愛する相手と結ばれなさい。私たちの事を大切に思うのなら……ね」
「はい」
私の言葉にセレーネが力強く頷く。
うん、これならもう大丈夫だろう。
少なくとも今回求婚してきたような連中に釣られる事だけはないはずである。
「さて、それじゃあ私はそろそろお暇させてもらうわ。身の回りには気を付けてね」
「求婚を断られたら、妙な事をしだしかねないから。ですね」
「そう言う事」
「はい、十分気を付けます」
セレーネが警備を厳しくすることを約束した所で、私は忠実なる蛇の魔法を解除する。
これで後はトーコが適当に屋敷の庭に戻しておいてくれるだろう。
「それにしても……」
私は部屋の中に誰も居ない事に安堵しつつ、余人には決して見せられないような笑みを浮かべる。
「リッシブルーの手駒にも選ばれないような連中が、随分と舐めた真似をしてくれたじゃない。ふふふ、ふふふふふっ、うふふふふ……」
頭の中に西部連合の各地にバラ撒いてある魔石の位置を思い浮かべる。
「いい度胸だわ」
そして私は忠実なる蛇の魔法を発動した。
なお、この相談の数日後、西部連合の有力者数名が不幸な事故で命を落とした。
まあ、たかが十の妖魔が上下左右から僅かに時間差を付けて襲ってきた程度で死ぬような連中であるので、西部連合にとっては大した被害ではない。
むしろ連中の財産で幾らか西部連合の懐が暖まったので、益が有ったぐらいかもしれない。
いやぁ、偶然とは恐ろしい物である。
偶然ッテコワイナー
09/03誤字訂正