第210話「婚姻-1」
「では、失礼いたします」
「ええ、ありがとうね」
冬の三の月の中頃。
私の元にセレーネから早馬で一つの手紙が届けられていた。
サインは……セレーネの物しかないか。
と言う事は、割と個人的な手紙と考えていいだろう。
西部連合全体に関わる様な重大な事柄なら、最低でもウィズとティーヤコーチのサインも書かれるはずだし。
「ふうむ?」
だが、手紙の中身を見た私は困惑せずにはいられなかった。
『ソフィールさんに至急相談したい事が有ります』とだけ書かれていたのだから。
「至急相談したい事が有る……か」
私は周囲にヒトの目が無い事を確かめると、目を瞑り、地脈を伝ってマダレム・セイメにあるグロディウス商会の屋敷へ、そして屋敷内に広がる庭の一角の地面へと意識を集中させる。
そこに置かれているのは加工済みの魔石が一つに、真球になるように磨かれた水晶玉が一つ。
と言うわけで、忠実なる蛇の魔法を発動。
周囲の地面ごと私の身体の一部として扱い始める。
『よし成功。と、丁度いいところに』
私は土の蛇の周囲に誰も居ない事を確認すると、この姿を見ても驚かない人物を探して周囲を這い始め……直ぐに休憩中と言った様子のトーコを見つける。
うん、実に丁度いい。
私は直ぐにトーコに声をかけた。
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「おや、トーコ様。休憩中だったはずなのにどうされたのですか?」
「ソフィルんのお使いでね。ちょっとセレーネ様に渡す物が出来ちゃったの」
「念の為に中身を確認しても?」
「いいよー。ただの土と魔石と水晶玉みたいだしね」
「ふむ。確かにそのようですね。どうしてこのような物をソフィール様は?」
「さあ?分かんない。とにかくお役目ご苦労様」
「トーコ様こそお疲れ様です」
私はトーコに運ばれて、数ヶ月前に結成されたばかりのセレーネの親衛隊のチェックを堂々とやり過ごしつつ、セレーネが休んでいる部屋の中に入り込む。
素通ししていいのかと一瞬思ってしまうが……まあ、魔石は使い手がすぐ傍に居ないといけないし、トーコは魔法をほぼ使えないから、親衛隊の対応は間違ってはいない。
そもそも私が今使っている忠実なる蛇の魔法と、地脈を解した遠隔地での魔法使用については殆どのヒトに知られていないし、これは仕方がない。
ぶっちゃけトーコだって例の鍋を利用して、大量の武器を隠し持っているようなものだしね。
「やっほー、セレネん」
「トーコさん。どうしたんですか?」
さて、それで肝心のセレーネの様子は?
見かけ上は特に変化はない。
疲れている様子も、焦っている様子も感じられない。
休憩中という事で本を読んでいたようだが……うーん、軍略とか政治とか哲学の本を読むのは果たして休憩になるのだろうか。
少しだけ不安になる。
「ソフィルんのお使いだよ」
「ソフィールさんの?」
トーコが私が入っている袋を机の上に置く。
「元気そうね。セレーネ」
「!?」
「まー、そう言う反応だよねー」
で、置かれたのに合わせて私は袋の中から顔を出し、言葉を発する。
すると私の姿を見たセレーネは一瞬だけ大きく驚き、直ぐに色々と得心が行ったのか、落ち着きを取り戻す。
「ソフィールさんでいいんですね」
「ええ、問題ないわ。この子が見ている物は、私にも見えているし、この子が聞いている物は私にも聞こえている。当然言葉も私の意思に基づいて発せられている物よ」
「凄いですね……」
「まあ、偵察と会話にしか使えない魔法だけどね」
「よく言……あ、私は外に出てるねー」
余計な事を口走りそうになったトーコを視線で制しつつ、私は改めてセレーネの顔を観察する。
が、表情からは特に悩みの内容などは読み取れそうになかった。
うーん、セレーネも表情を隠すのがうまくなったものだ。
「で、相談と言うのは?」
「はい」
まあ、分からない時は素直に聞けばいい。
と言うわけで、トーコが部屋の外に出て行ったところで、私はセレーネに問いかける。
ちなみに部屋の前には女性の親衛隊が二人居て、窓の方も常にヒトが監視しているが、この部屋の壁は割と壁が厚いので、普通に話をするだけなら聞き耳を立てられていても大丈夫である。
「相談と言うのは……」
さて、セレーネの相談事だが……それは確かに厄介なものだった。
「私の結婚についてです」
「結婚……ねぇ……」
私は自分の眉間の皺が深くなっているのを感じ取る。
と言うか、深くならないわけが無かった。
私の中でも特に奥深いところが疼き、波立ち始めているのを私は既に感じ取っていた。
「もしかしなくても、婚姻と引き換えに色々な援助を行うと言い出した連中が出てきたのね」
「ははははは、分かりますか」
私の言葉にセレーネが乾いた笑みを浮かべる。
彼女が……ヒトの方のソフィアがセレーネの笑みに反応する形で騒ぎ始めている。
勿論抑え込む事も出来るが……恐らくその必要はないだろう。
「セレーネ。何が有ったのかを詳しく話してみて頂戴」
「はい」
この件については私の考えも彼女の思いも大して差はない筈だろうから。