第208話「再興-6」
「ではまず一つ目。何故マダレム・エーネミなのですか?」
「何故マダレム・エーネミなのか。それはマダレム・エーネミを復興させた理由と言う事ですわね」
「そうです」
オリビンさんは私の背後で今も工事が進められているマダレム・エーネミの城壁を見つつ、私に質問を投げかけてくる。
「理由は複数ありますわ」
「複数……ですか」
「一つ目はマダレム・エーネミの位置が、交易の拠点として適当であるという事」
「ほう、交易」
マダレム・バヘンの位置は、マダレム・エーネミから見て東側にあり、距離も南にあるマダレム・シーヤと同じ程度である。
そして、東部連盟に属する都市国家の中で、一番マダレム・エーネミに近い都市でもある。
よってマダレム・シーヤの奪還と、ベノマー河を簡単に越える方法の確立さえ出来れば、マダレム・バヘンとマダレム・エーネミは東部連盟と西部連合の交易と交渉の窓口として大いに活用する事が出来るのである。
「二つ目はマダレム・エーネミと言う土地が、テトラスタ教にとって非常に重要な土地であるという事」
「ふむ。テトラスタ教にとってマダレム・エーネミは御使いが降臨し、邂逅者テトラスタに教えを授けた地でしたな」
「そうです。その為、今回のマダレム・エーネミ復興にはマダレム・イーゲンの教会本部から、『輝炎の右手』のルズナーシュ様を含め、多くのテトラスタ教徒に協力をしていただいております」
「なるほど」
私の言葉にオリビンさんは自身の背後を見る。
東部連盟では西部連合程テトラスタ教は栄えていないはずだが、それでも少なくない数のテトラスタ教の教徒が含まれているのだろう。
この時点で、オリビンさんがマトモに損得勘定を出来るなら、マダレム・エーネミに対して暴力的な手段を取る事は論外と言う事は理解してもらえるだろう。
「三つ目はとある盗賊を討つための橋頭保としての役割です」
「ほう、盗賊。西部連合ではわざわざ都市一つを新たに作る様な規模の盗賊が出るのですか?」
「ええ、とても大規模で厄介な盗賊が出ますの。ノムンと言う男を頭とする南部同盟と言う名の盗賊が」
「!?」
私は薄く笑みを浮かべながら放った言葉に、オリビンさんは一瞬驚いた様子を見せる。
だが直ぐに何故私がこんな言葉を放ったのかを理解して、笑みを深める。
「ははははは、盗賊。言われてみれば確かにそうでしたな」
「ええ、彼らはセレーネ様が継ぐはずだった土地を力で奪い取った挙句、そこに住む人々を私欲で苦しませ、自分たちの快楽を第一としている。これを盗賊の所業と呼ばずにおくわけにはいきませんわ」
「ええ、ええ。その盗賊については、我々東部連盟も大いに悩まされております。マダレム・シーヤの彼女についてはともかく、他の連中は正に盗賊そのものと言った様子ですからな」
「ふふふふふ、ご理解頂けてなによりですわ」
私とオリビンさんは南部同盟の事を盗賊と称する考え方に協調の意を示し、笑い声を上げ合う。
実際、マダレム・バヘンは東部連盟にとって西部連合の様子を見る拠点と言うだけでなく、南部同盟の侵攻を防ぐための砦と言う役割も有している。
必然、それだけ南部同盟の被害も被っているので、彼らの所業が盗賊のそれとまるで変わらないのを何度も見せられているのだろう。
だから、私の言葉にこれほど同調してくれるのだろう。
「ははははは……はぁ、しかしそうなるとソフィール殿。西部連合は東部連盟と争う気はない。と言う事でよろしいのですかな?」
「ええ、少なくとも私には東部連盟と争う気はありません。そしてセレーネ陛下にも東部連盟と争うつもりはないでしょう。むしろ南部同盟討伐にあたっては、協力をしていただきたいぐらいです」
「確かに。東と西、双方から攻め込めば、如何にノムンが軍略に優れていようとも、苦境に立たされることは必定でしょうな」
「ええ、それは間違いないでしょうね」
私の言葉を信じてくれたのか、オリビンさんは笑顔のまま頷いてくれる。
実際、現時点でセレーネが東部連盟を敵に回す可能性は皆無だろう。
なにせ東部連盟と戦争をしたりすれば、益が無いどころか、無闇に戦を起こしたとして、テトラスタ教から愛想を尽かされ兼ねないのだから。
まあ、そうでなくともセレーネの性格上戦いは最小限に抑えたいと考えるだろうし、私もそうするつもりだが。
「分かりました。では、上への報告では、西部連合に我々と敵対する意思はなく、むしろ良き隣人として手を取り合う未来を望んでいるとお伝えしましょう」
「ありがとうございます。ただ、今の言葉に加えて私からも一つ。『真に危険なのは目に見える刃ではなく、目に見えない毒である。どうかお気を付けを』と、お伝えください」
「目に見えない毒……ですか」
「そうです。南部同盟にはリッシブルーと言う猛毒が居ますから」
「分かりました。必ずお伝えいたしましょう」
私の言葉にオリビンさんは真剣な顔つきで頷く。
実際、リッシブルーの危険度はロシーマスや他の七天将軍の比ではない。
注意し過ぎて足りないと言う事はないだろう。
「では、我々はこれにて。貴君の無事を影ながら祈らせていただきます」
「ありがとうございます。私も貴方の無事を祈らせていただきますわ」
そうして互いに敬礼をし合うと、オリビンさんは去って行った。
うん、良いヒトだった。
今後も良い付き合いを続けたいものである。