第206話「再興-4」
「で、その怪我を負ったと」
「そう言う事になるわ」
夜。
私は天幕の中で、腕を組んで仁王立ちをするセンサトから睨み付けられていた。
「はぁ……ソフィール将軍。少しは自分の身の重要性と言うものを考えてください」
「ちゃんと考えているわよ。インダークの樹との協定は取り付けたし、枝だって一本貰えたんだから。これで左腕が傷だらけになって、大量の血を流すだけで済んだんだから、十分釣り合っているわ」
私は包帯を巻き付けた自分の左腕を見る。
インダークの樹に付けられた傷は、治癒の魔法によって傷口そのものは塞ぐ事が出来た。
が、インダークの樹の魔力の影響なのか、普段の傷と違って傷口は塞がっても、痕が残ってしまった。
左腕を動かすのに支障はないが……魔法を使ってこれなので、傷跡を完全に消すのはもう無理だろう。
「私としてはヒトと契約を交わすように、樹と契約を結ぶと言う考え方自体に異議を唱えたいんですけどね」
「私だって普通の樹相手に交渉なんてしないわよ。けれど、相手は凡百の魔法使い……いえ、場合によっては英雄よりも大量の魔力を有し、明確な意思を表している相手だもの。それ相応の敬意を払うべきだわ」
「「……」」
センサトは納得がいかないと言わんばかりの表情をしている。
対する私はどうと言う事はないと言う表情を浮かべる。
まあ、ヒトの常識で考えたら私の行動が理解しがたい物だと言うのは分かる。
だが既に交渉は行われ、協定は結ばれた。
つまりセンサトが何を言おうとも、何を思おうとも、もう状況は動かないのである。
と言うわけで、センサトには諦めてもらう他ないのである。
「はぁ……分かりました。この件についてはもう私から言う事はありません。ただ、兵に不安を与えないようには気を付けてください」
「言われなくても」
よし折れた。
ただまあ、センサトが言う通り、兵に不安を与えるのはよくないので、何かしらの対策は講じておくとしよう。
後、手に入れたインダークの樹の枝をどう加工するかは……暇を見て考えるか。
リベリオ曰く、あの枝にも結構な量の魔力があるらしいし、迂闊に手を付けたりばら撒いたりするのはよくないだろう。
「それでセンサト。作業の方は?」
さて、本題である。
今日一日、センサトには私に代わって城壁の修復作業の監督をしてもらっていた。
そして、インダークの樹との交渉が難航する場合に備えて、今日の報告は全てセンサトの元に届けるようにしておいたので、他の作業の進捗具合についてもセンサトは報告を受けているはずである。
「ほぼ計画通り、と言ったところですね」
「ほぼ?」
「ほぼです。城壁については、ベノマー河の妖魔に多少邪魔されましたが、簡易の木壁は設置完了。城壁の損壊状況についても確認が済んでいて、計画通りに進んでいます」
「ふむふむ」
センサトは特に報告書のようなものは見ずに、口頭で城壁関連についての話をする。
「市街地の確認は大方完了。地下水路については老朽化による崩落の危険性と、妖魔の侵入の可能性を考慮して、自然に開いた穴を含めた入口と入口にほど近い範囲の確認を行うだけに留めています」
「ふむふむ」
「ただ、地下水路に妖魔が居たのか、地下水路を探索していた兵士が一名行方を眩ませています」
「ふうん」
実を言えば、地下水路については使役魔法によって大方把握済みだったりする。
センサトの言った行方不明の兵士についても、丁度いい位置に居たという事で私が捕えて食べた兵士の事であるし。
「つまり、事故なんかは何も無かったのね」
「ええまったく……ああいや、計画に従わず、崩落の危険性がある場所に重い荷物を持った状態で入った奴が居て、案の定崩落が起きたと言う事故が一件あったらしいです」
「……。大事故じゃないの?それ」
「幸いな事に怪我人は軽傷者が数名出ただけらしいので、報告を忘れていました。申し訳ありません」
「まあ、思い出してくれたなら問題はないわ」
センサトがマダレム・エーネミの地図を取りだし、事故が有った場所を指さす。
うーん、それにしても道が崩落するような事故が起きて、軽傷者だけで済むとは……事故が起きた時刻は……私とインダークの樹の交渉が終わった頃か。
「これも御使いの加護なんですかね?」
「どちらかというとインダークの樹の加護のような気もするわ」
「?」
「ま、兵士が無事ならそれでいいわ」
センサトは何を言っているんだという表情を浮かべているが、御使いの加護なんてものが存在しない事は私自身が良く分かっているので、何かをしてくれた存在が居ると言うのなら、インダークの樹の方が可能性は高いと思う。
「それで後言う事は?」
「後は……」
で、その後も私はセンサトから今日マダレム・エーネミ内で起きた事の報告を受け取る。
そうして一通りの報告を受け取り終った後。
「ソフィール将軍。マダレム・バヘンとマダレム・シーヤの連中はどう動きますかね?」
「バヘンには敵意が無い事は既に書簡で送っているわ。シーヤの方は……治めている七天将軍の性格上、いきなり攻め込んでは来ない。そもそも、どちらの都市もベノマー河を一気に越える為の準備はまだ整えていないはず。だから暫くは……あっても多少の交渉ぐらいでしょうね」
「ただ油断はできないと」
「ええ、裏でコソコソと動いている連中は相変わらず居るわ。ま、その辺りは私が何とかするわ」
「期待しています」
そう会話を交わして、今日はもう休むことにした。