第202話「二つ目の名-2」
「それにしても二つ目の名前を与えるとは……随分ととんでもない事を思いついたものね。セレーネ」
「ははははは、ウィズさんたちにも凄く驚かれました」
夜、論功行賞を無事に終えた私たちは、グロディウス商会の屋敷でちょっとした宴を開いていた。
そして、そこで私はセレーネから金の蛇の環を返してもらうと、葡萄酒を飲みながらセレーネと会話していた。
「でもティーヤコーチさんにウィズさん、それ以外にも多くのヒトたちが協力してくれたおかげで、何とか今日までに体裁は整えられました。皆様には感謝しても感謝しきれないです」
「ふふふ、そうね」
話題は当然セレーネが今日だけでも三十に及ぶヒトに与えた二つ目の名について。
「でも、どうしてそんなものを思いついたの?」
「その……村のシスターが言っていたんです。名前と言うものは、そのヒトが何者であるのかを表すとても大切なものであり、この世に生れ出た時に大切なヒトから与えられるものの一つだって」
「ふむ」
「でも、シェルナーシュさんとトーコさんから話を聞いたんです。妖魔の皆さんは誰かから名前を与えられたのではなく、自分で自分の名前を決めたと」
「まあ、基本的にはそうね」
「そして世の中には、ソフィアさんのように複数の名前を持つヒトも時々居ると言う事もシェルナーシュさんから聞きました。他にも……」
私、トーコ、シェルナーシュの正体を知っている面々しか部屋の中に居ないという事で、セレーネは特に周囲の目を気にする様子もなく二つ目の名前を与えると言う考え方に至った理由を話す。
複数の方面から様々な理由があったのか、その話し方はたどたどしい。
が、それ故にセレーネが良く悩み、考えた結果で有ることが良く分かる内容だった。
それと、シェルナーシュが言った二つ目の名前を持ったヒトと言うのは……フローライトの事だろう。
他に心当たりは無いし。
「それでその……閃いたんです。王である私から特別な名前を与えると言うのは、金銭では決して得られない報酬になるのではないかと」
「そうね。金銀財宝を幾ら積み上げても得られない勲章を貴女から与えられる。それは、貴女に仕える事に喜びを覚え、名誉に感じる者にとっては、この屋敷をすべて満たすような量の黄金よりも価値があると思うわ」
私はセレーネの話に思わず笑みを浮かべる。
実際、セレーネから与えられた二つ目の名前と言う報酬は、他者に自然に示す事が出来る報酬であり、その価値は下手な金銀財宝では比較対象にもならないだろう。
故に私が言ったセレーネに仕える事に名誉を覚える者以外にも、利に聡い者ならば喉から手が出るほどに欲しい報酬と言っていい。
そして、逆にこの報酬の価値がまるで分からない者は……多少の財貨で目が眩み、容易く敵に騙されて裏切りかねない愚か者と断じていいだろう。
それほどまでに、セレーネ以外には与えられない二つ目の名には価値があるのである。
「ただ分かっていると思うけど……」
「はい、ソフィアさんが心配している事は私も当然気を付けるべき事柄として見ています」
そう言うとセレーネは肌身離さず持っていられるように、ドレスの腰部分から提げられた革製のカバンと、鞄の隙間から姿を覗かせている一冊の本に手を触れる。
本の名前は無い。
だがこの本の価値は、同じ大きさの黄金よりも重いだろう。
シェルナーシュが『シェーナの書』と同じ手法でもって作ったその本の中身は、セレーネが二つ目の名前を与え、名乗ることを許した人物の名が全員分記されている。
そう、この本は二つ目の名を持つ者の名簿、それも原本なのだ。
「もしも、この本に記されていないにも関わらず、二つ目の名を名乗る者が居れば問い質し、場合と状況によってはそれ相応の罰を下します」
この本に名前を記されていないという事は、それだけでセレーネに断りなく勝手に二つ目の名を名乗っている証拠になる。
「もしも、この本に記されているにも関わらず、私の信を裏切るような悪行を為す者が居れば、その名を穢した者として、それ相応の罪を問います」
この本に名前を記されているという事は、セレーネの信頼を受けた者と言う事になる。
だが、その信頼を裏切るような真似をしたならば、セレーネは自分自身の為にも、他の二つ目の名を持つ者の為にも通常よりも重い刑罰を下す事になるだろう。
「でなければ、より多くの災禍を招くことになりますから」
しかし二つ目の名を持つ者、名乗った者に対する処分は厳しいものにせざるを得ないだろう。
なにせこれを放置してしまえば、小はタケマッソ村のディランのように自分より強大な者の威を借りて横暴に振る舞う者が、大はマダレム・エーネミのドーラムのように己の欲が為に都市一つを腐らせるような者が出て来てしまう事になるのだから。
「そうね。それでいいと思うわ」
「はい、ソフィアさんにそう言っていただけるとありがたいです」
つまり二つ目の名とは特別な褒賞であると同時に、与えた者を強固に縛り付ける鎖でもあるのだ。
まったく、論功行賞の時の堂々とした態度と言い、こんな事を思いつく事と言い、こういうのを見せられると、やっぱりセレーネもシチータの血を引いているのだと理解させられるわね。
「これからもよろしくお願いしますね。ソフィール・グロディウス」
「勿論よ。セレーネ・レーヴォル」
ま、悪い気分ではないけれど。
既にお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、これで貴族階級と言うべき物が明確に生じた事になります。