第201話「二つ目の名-1」
「皆様お集まりいただきありがとうございます」
春の一の月は一日。
その日は、マダレム・ゼンシィズでの後始末を終えた私、センサト、リベリオの三人を含め、西部連合の主要人物がそれぞれに従者を従え、揃ってマダレム・セイメに集まっていた。
「さて、今日は皆様に幾つか伝えたい事がございます」
部屋の一番目立つ場所に座るセレーネの言葉に、老若男女様々な役柄を持つ者たちが一様に頷く。
ヒトが一斉に同じように動く様子は慣れていない者には少々どころでなく恐ろしいものであるはずだが……セレーネに緊張の色などは見られない。
それどころか、セレーネの背後に居るウィズとティーヤコーチの二人の方が緊張しているのではないかと感じるほどである。
「まず一つ目は……」
セレーネの話が始まる。
一つ目の話題は暦の制定。
今日をレーヴォル暦元年の一月一日とした、西部連合全体で共通する暦を設定した。
なお、今日を始まりとするだけで、一日を24時間とすることや、一週間の長さ、月の始まりと終わり、一年の開始と終了と言った事柄は特に変更なしである。
うん、この件についてはセレーネの王としての箔付けを目的としている面が大きい。
今後何百年と生きる予定がある私の生活の為と言う面もあるが。
二つ目の話題は度量衡の統一。
こちらは各都市国家で異なっていた長さや重さの単位を揃えたり、西部連合内で用いる貨幣の交換レートを整えたり、他にもまあ色々と西部連合内で今までバラバラだったものを統一する。
こちらはセレーネの箔付けもあるが……それ以上に各都市間での交流や交易を活発化させる働きや、共通の単位を用いることで西部連合全体での一体感を高めることの方が主目的である。
後は度量衡の統一に伴う形で悪徳な商人などを炙り出したりもする予定だが……これはまあ、今は置いておくとしよう。
三つ目の話題は西部連合の中で共通した法律の制定。
こちらも今までは各都市国家で異なっていた刑罰を、テトラスタ教の教えを基本として、西部連合全体で共通したものに切り替えるというものである。
勿論、細かい部分については各都市国家の事情などもあるので、無闇に口を出したりはしない。
この西部連合共通法とでも言うべきものは、あくまでも殺人や窃盗など、どの都市国家でも許されていないものを対象にした物である。
「ふぅ……皆様、私の提案に異論などは有りますか?」
当然だが異論の声は上がらない。
と言うのも、ここまでの話は歴の名前などの細かい部分についてはともかく、大筋の部分については事前に私たち有力者の間で合意が為されていたからである。
それに、歴以外については今まで使っていたものとの差異もあるという事で、実際に施行されるまではまだまだ時間がかかる予定であるし、詰めの協議と言うものもある。
その辺の事を考えたら……むしろこれからが本番かもしれない。
特に法律については。
ま、その辺りについては今回の集まりが終わってから考えればいい。
「ありがとうございます。では、この度の南部同盟の侵攻を迎撃、撃退した件に関する論功行賞に移りたい所ですが……その前に一つ皆様に話しておく事がございます」
「話……ですか?」
「はて?」
問題はここから。
ここから先の話は、今までの話と違ってセレーネ自身が提案したものが基になっている。
セレーネの提案は……事前に聞かされていた私でもかなり驚かされるものだったからだ。
「私の名前は今は亡き父上に付けて頂いたセレーネですが、今日ここで、名乗るだけで私が王である事を示せるように二つ目の名を付けようと思っています」
「「「!?」」」
そう、それは二つ目の名前を付けるという考え。
名前と言うものは普通は親やそれに類する者によって付けられる物であり、自分が何者であるかを示す際には一番最初に用いられる物である。
それを自分で自分に付けると言う事は、暗に自分に並び立つものは居ない……つまりは己が王である事を示すものとなる。
「今日から私はセレーネ・レーヴォルと名乗ります。そして、レーヴォルと言う二つ目の名を名乗ることを許すのは私自身と私の家族だけとします」
そしてこの二つ目の名は、個人の名前と言うよりは家の主とそれに連なる者たち全体の名前と言う事になる。
故に名乗ることが許される人物は当然ながら限る事になる。
なお、セレーネがレーヴォルの名を名乗ったのは……その名が彼女がかつて住んでいた村の名であり、その頃の思い出を忘れないようにするためであるらしい。
で、その事を悟ったのか、私の背後でリベリオが何処か感動した様子を見せている。
うんまあ、だが、本当に驚かされるのはここからだ。
「また、今後二つ目の名をレーヴォルの名を持つ者以外が勝手に付ける事は禁止します」
「「「!?」」」
セレーネの権威にあやかって、勝手に二つ目の名を付けようと考えていた者たちだろう。
部屋に集まっている者の一部が顔色を変える。
そして、顔色を変えなかった者の中にも、この決定がどんな意味を持つのかを悟り、微妙に気配を揺らがせる者が現れる。
一切表情も気配も変えていないのは……私を含めて僅か数人。
全員、事前にセレーネから今回の件について聞かされていたヒトである。
「さて、それでは論功行賞に移りましょう。ソフィール」
「はっ!」
私が席を立ちあがると同時に、部屋の中央を占領していた机がどかされ、論功行賞に移る。
「今回の南部同盟の侵攻は、貴方の活躍なしでは止められませんでした。加えて七天将軍二の座ロシーマスを一騎打ちにて撃ち破った貴方の実力、多くの同胞を得られたその手腕は、とても素晴らしいものであると言う他ありません。よって、ソフィール、貴方の功績を讃えるべく、セレーネ・レーヴォルの名の下、貴方と貴方が認めた者にグロディウスと言う二つ目の名前を与えましょう」
「ありがたく受け取らせていただきます。セレーネ・レーヴォル陛下」
そう、二つ目の名はセレーネにしか授けられない。
そして、誰にどんな名を授けたかは、全てセレーネの元で管理されている。
つまり、二つ目の名を授けられた人物は、それだけでセレーネに評価された人物と言う事になる。
となれば、二つ目の名がもたらす数多くの善き影響は、聡い者であればあるほどよく分かるだろう。
故に七天将軍を討ち取ったと言う功績に対する褒賞にもなり得る。
セレーネの懐も、グロディウス商会の懐もまるで痛まないにも関わらずだ。
「では、次の者」
この日、セレーネによって二つ目の名を授けられた者は、各都市国家の中でも特に有力な者を中心として、三十に及んだ。
このネタの為に今まで二つ目の名前を持つヒトを限っていたのです