第200話「ロシーマス-14」
「ロシーマスの死に南部同盟始まって以来の大敗北。そして小娘の暗殺失敗」
マダレム・サクミナミにあるノムンの城。
その中でも特に奥まった場所にあり、昼間でもなお薄暗いその部屋の中には三人の男が居た。
「大失態と言う他ないな。リッシブルー」
部屋の主の名はノムン。
ノムンは自身が座る椅子の背後に金属の鎧を全身に着た男を従えた状態で、自らの正面で片膝を着いている男……七天将軍六の座リッシブルーに対して威圧的に声をかける。
「その通りでございます、陛下。今回の策を立案したものとして、どれほどの言い訳を述べようとも、地に這う程に頭を垂れようとも、許されるべきでない程の失態であり、命を以て償うしかないと、自分自身でもそう思っております」
「ほう……言い訳一つしないか。では、その潔さに免じて、貴様の最後の望みぐらいは聞いてやるとしよう」
だがリッシブルーはノムンの威圧に臆する様子もなく、顔を上げ、ノムンの顔を糸のように細い目で見つめながら、淡々と己の言葉を紡ぐ。
その様子に感心したノムンはリッシブルーに次の言葉を言うように促す。
「では、願わくば、私の処分は今回の件の報告書を仕上げてからにしてしていただきたく存じ上げます。それが陛下の御世の為に私が残せる最後の遺産でありますゆえ」
「……」
「言うではないか……」
リッシブルーの言葉にノムンは満足げな笑みを浮かべつつも、その糸のような目の奥に隠れている真意を探ろうとする。
が、そんなノムンの探る様な視線と、並の者ならばそれだけで恐怖に震えるような威圧感を一心に受けているにも関わらず、リッシブルーは眉根一つ動かすことなく、まるでこの程度の状況などどうという事はないと言わんばかりの表情を浮かべている。
「陛下、異常ありません」
「分かった。では、茶番はこれぐらいにしておこう。リッシブルー、もう楽にしていいぞ」
「ありがとうございます。では、足の方を崩させていただきます」
と、ここでノムンの背後に控えていた男がとても低い声で一言だけ発する。
すると先程までの空気が嘘だったかのように、ノムンの身体から発せられていた威圧感が薄れ、リッシブルーも姿勢を崩すと直接床に座り込む。
「しかし命を以て償うしかない……か。ロシーマスの方は奴自身が作戦の立案者であり、暗殺計画の方はそもそも南部同盟の仕業ではない事になっているというのに、よく言えたものだ」
「ははははは、ですが、陛下が私の命を欲されるのであれば、喜んで差し上げますぞ」
「ふん、こんなつまらんところで貴様のような優秀な部下を失うような愚策なぞ、誰が犯すものか」
「ははははは、ありがたいお言葉です。臣下冥利に尽きますなぁ」
ノムンとリッシブルーが気楽な様子で会話を行う。
ただ、ノムンの言葉を笑って受け流したリッシブルーには、冗談を言っているような雰囲気は微塵も無かった。
それこそ今この場でノムンから死ねと言われれば、一切の躊躇なく自分で自分の首を刎ねるような気配すら、リッシブルーは漂わせていた。
「それで報告書と言ったな。用意は?」
「勿論出来ております」
「ゲルディアン」
「了解いたしました……」
ノムンの背後に控えていたゲルディアンと言う男経由で、リッシブルーからノムンへと二巻の羊皮紙が渡される。
「ほう……」
そして、それらを一読したノムンは一度感心したような様子を見せると、両方の羊皮紙をゲルディアンに渡し、部屋に備え付けられていた暖炉で二巻の羊皮紙を燃やす。
「リッシブルー、貴様はソフィールと言う男をどの程度の実力者だと考えている?」
羊皮紙が燃えきった事を確認したノムンは再びリッシブルーへと視線を向ける。
それに応えるように、リッシブルーもやや猫背気味だった背を真っ直ぐに伸ばし、真剣な顔つきで口を開く。
「一言で総評させていただくなら“化け物”ですな」
「お前を以てそう言わせるか」
「ええ、そう言わざるを得ません」
リッシブルーがソフィール……ソフィアの事をどう思っているかを話し始める。
そしてそれを聞いたノムンは……。
「なるほど。全ての証言が真実であるならば確かに化け物だな」
「信じて頂けるのですか?」
「他の者が言ったならば妄言だと一笑に付すところであるが、他ならぬ貴様の評価だからな。十分信じるに値するだろう」
「ありがたきお言葉に御座います」
リッシブルーの言葉を真実だと判断し、ノムンの言葉にリッシブルーはあからさまな喜びの感情を見せる。
「しかしそうなると、奴と奴が守護しているセレーネを始末するのは相当面倒だな。情報が出揃うまでは、こちらの戦力を差し向けず、東の愚か者共を煽った方が都合がいいか。どう思う?リッシブルー」
「私も陛下に同意いたします。どうにも西の連中は例の地で何かをするつもりであるようですし、そこから煽れば容易く乗せられるかと思います」
「では、そうするとしよう。ああ、レイミアにもお前から通達を出しておけ。漁夫の利を狙えとな」
「かしこまりました。では失礼致します」
リッシブルーが立ち上がり、礼儀正しい動作でもって部屋から退出する。
「陛下……」
「皆まで言わなくてもいい。最後のトドメはお前に頼る。なにせ相手はあの父上が終ぞ仕留められずに終わった大妖魔、土蛇のソフィアと対等な関係にある相手だからな。策を弄せるだけ弄した上で、最高の戦力を以て潰しにかかるべきだ。ふふふふふ、今からその時が来るのが楽しみで他ならないな」
部屋に残ったノムンの表情には……嫉妬にも似た仄暗い感情で染め上げられていた。
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