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ソフィアズカーニバル  作者: 栗木下
第4章:蛇の蜷局囲う蛇
198/322

第198話「ロシーマス-12」

 数日後の夜。

 その日はトーコとシェルナーシュの二人は休息と言う名の元、ヒトを狩りに出ていた。

 ウィズはソフィアから戦勝の報告が届いたため、ティーヤコーチを含めた今の西部連合内で力を持つ者たちの会合に出かけていた。

 そのためセレーネはグロディウス商会の屋敷に少数の護衛と共に留まっていたのだが……その日の夜に限っては、妙なざわつきを覚えたため、気晴らしとして冬の夜空の下、様々な種類の木々と草が並ぶ屋敷の庭に出ていた。


「折角の良い月なのに、雲がかかっちゃっているわね……」

 セレーネは西部連合の王である。

 故にその存在は西部連合にとっては要であると言え、王になってから間もないとは言え、既に西部連合にとっては欠くわけにはいかない存在になっていた。

 その上、彼女の親類は12年前、ノムンによって皆殺害されたために存在せず、年齢の関係上子どもと言うものもまだ存在しようが無かった。

 つまり、この時のセレーネは西部連合にとって、どうやっても替えの利かない絶対の急所となっており、その死はそのまま西部連合全体の敗北に繋がっていると言っても過言では無かった。

 そしてそれはセレーネも理解していた。


「ちょっと残念」

 理解していたが、油断もしていた。

 自分には琥珀蠍の魔石があるから大丈夫だと、屋敷の周りにはソフィアの雇った傭兵たちと高い塀があるから大丈夫だと、そう考えていた。

 だからこの時のセレーネの周囲には、彼女自身の意思によって護衛が存在しなかった。

 そしてそれは、彼女の命を狙う者にとっては格好の隙と言ってよかった。


「キャアッ!?」

 噴水の近くに居た彼女の胸に向かって暗闇から何かが投げつけられ、琥珀蠍の魔石の結界によって何かが甲高い金属音と共に弾き飛ばされる。


「な、何が……」

 セレーネは慌てて飛んできたそれを……刃が黒く塗られた短剣を見る。

 そして理解する。

 自分が何者かに狙われている事を。


「逃げっ……」

「やれやれ、琥珀蠍の魔石と言うのは本当に厄介な代物だな。所有者が見えていなくても関係ないとは」

 慌ててその場から逃げようとするセレーネを取り囲むように、全身黒装束の男が三人現れる。

 男たちの手に握られているのは、先程投げつけられたものと同じ黒塗りの短剣。

 その身から放たれているのは、セレーネの住んでいた村を襲った南部同盟の兵士たちが抱いていた物とは比較にならない程研ぎ澄まされた濃厚な殺気。

 その殺気にセレーネは身を竦ませ、顎をガチガチと鳴らし、その場から一歩たりとも動けなくなる。


「だがしかしだ」

「!?」

 そんなセレーネへと追い打ちをかけるように、ゆっくりとセレーネへと近づく三人の男たちとは別の場所から網のようなものが投げかけられ、その衝撃でセレーネはその場に倒れ込んでしまう。

 勿論倒れた衝撃や網を掛けられた衝撃でセレーネの身体が傷つくことはなく、網に仕込まれている細かい棘のようなものがセレーネの柔肌を傷つける事も無かった。

 だが、その棘によってお互いをくっつけ合い、複雑に絡まった網は、琥珀蠍の魔石による守りなどお構いなしに、セレーネの身体を完全に拘束していた。


「あくまでも傷つけるものを防ぐだけで、こうなってしまえば後は適当な地中にでも埋めてしまえば終わりだ」

「ひっ!?」

 そう、琥珀蠍の魔石には一つの欠点があった。

 それはあくまでも着用者の肉体に対する直接的な害を防ぐ力しかないという事。

 つまり、剣や槍、矢や魔法、場合によっては毒の類や高所からの落下による害すらも防ぐ力を有するが、縄や網による拘束や、重しを付けた上で水中に沈めたり、地中に埋めるなどして相手を窒息させるといった一部の手段に対しては無力なのである。

 この黒装束の男たちはそれを良く知っていた。

 故に、男たちはセレーネを拘束すると、予め屋敷の近くに用意しておいた穴の中へとセレーネを埋めて始末する暗殺計画を立てていた。


「あ、いや、そんな……誰か……」

 網の端を持った四人目の黒装束の男も含め、セレーネを屋敷から運び出すべく四人の男がセレーネへと近づいていく。

 計画は完璧だと言ってよかった。

 強力な護衛であるトーコとシェルナーシュは不在で、屋敷の現主であるウィズが外出している関係で警備も幾らか薄くなっていた。

 男たちの計画を知る者は彼ら自身以外には誰も居らず、今日この日まで男たちは完全に市井に溶け込んでいた。

 そして何よりも、ソフィアは現在マダレム・ゼンシィズに居て、どう足掻いてもマダレム・セイメに居るセレーネを助ける事は出来なかった。


「ノムン王様の為にその命を捧げられる事を誇りに思っ……?」

「え?」

 そう、彼らの立てた計画は完璧だと言ってよかった。

 ただ一つの誤算は、ソフィアと言う蛇の妖魔(ラミア)が最早妖魔と言うカテゴリーに入れてもいいか怪しい程に規格外の存在であり、そんなソフィアが二度も南部同盟のヒトにセレーネが襲われるなどと言う愚を犯す事が無いように対策を講じていた事を予想できなかった点。

 ただそれだけだった。


「なっ!?」

「なんで上下が……」

 だがそれは致命的な穴だった。


「おまっ……あれ?」

「えっ?」

「「!?」」

 気が付けば四人居た黒装束の男の内、一人は頭が上下逆さまになった状態で絶命して倒れ、一人は頭を前後逆にした状態で今まさに倒れる途中だった。


「何が起き……っ!?」

「気を付けろ!何かが……!?」

「えっ……?」

「まったく、どうして私がアイツの命令でこんな事をしなくちゃいけないんだか」

 セレーネと残った二人の男の視線が、揃って噴水の方へと注がれる。


「まあいいわ」

「嘘……」

 そこに居たのは、万が一に備えて茂みに隠れていた五人目の黒装束の男の頭を右手に持った女。

 その茶色の髪は枝毛一つ無く、後頭部でまとめられた髪は夜風に乗って静かに揺れていた。

 フードの付いたロングのコート、丈の短いスカート、革に似た素材のブーツ、指が出るグローブの間からは珠のように白く、傷一つ無い肌が覗いていた。

 その瞳は青く、見る者全てを魅了するような目鼻立ちは、今は面倒そうな感情を表していた。


「馬鹿な……」

「何故ここに……」

 その姿を見た者は二つの名を思い浮かべただろう。

 一つは今この場に居るはずがないはずの人物、グロディウス商会のソフィール。

 もう一つは今や母親が寝物語の登場人物として子に聞かせるような存在と化した蛇の妖魔(ラミア)、土蛇のソフィア。

 だが、どちらの名を思い浮かべた所で、この場に居る者の命運には関係なかった。


「貴方なら助けてあげようと思えるもの」

「「!?」」

 残った二人の黒装束の男の首も、既に夜空へ向かって舞っていたからだ。

さて何者でしょうね?

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