第197話「ロシーマス-11」
一方その頃。
マダレム・セイメ、グロディウス商会の屋敷。
「懐の痛まない褒賞……ですか?」
その一室では、西部連合の王となったセレーネ、屋敷の長の代理であるウィズ、セレーネの護衛であるシェルナーシュとトーコ、セレーネの教育役であるティーヤコーチとその娘であるティーフレンが集まっていた。
「ええそうです。父上は防衛の為に現在マダレム・ゼンシィズに赴いていますが、必ず勝利を掴んで帰って来るでしょう。そして、勝利して帰ってくる以上は、王として貴女から父上たちに何かしらの褒賞を与えなければいけません」
「正当な働きには正当な対価を……ですね」
「そうです。為すべき事を為したのに、為した事に値するものを得られないのでは、働いた者は離れていく事になります」
「まあ、そうでなくとも正当な働きに対して正当な対価を払わないのは、ヒトとしてあるまじき振る舞いだろう。だからと言って過度に払う事もまたよろしくない事ではあるが」
「はい」
ウィズが手元で書類を書きつつ、セレーネに説明をし、その説明に対してティーヤコーチが補足を入れていく。
「それで懐が痛まない褒賞をセレーネ様に考えていただきたい理由ですが……これですね」
書類を書き終わったのか、席から立ち上がったウィズがセレーネとティーヤコーチ、ティーフレンの三人に見えるように一枚の羊皮紙を置く。
「……」
「うわっ、なんか沢山数字と文字が並んでる」
「えーと、ウィズさんこれは……」
羊皮紙の内容は、簡単に言ってしまえば帳簿だった。
どれほどの量の食糧をどれだけの値で集め、どれだけの兵士をどの程度の給料で集めたのか、負傷した兵士に対する補償金はどのようなものであるのか。
中にはマダレム・ゼンシィズが今回の南部同盟で受けるであろう被害と、それを補ったり、直したりするのに要するであろう費用まで書かれていた。
「今回の戦いでかかった、もしくはかかるであろう費用の概算です。父上の事ですから、実際にはもう少し少なく済むようにはしてくれるでしょうが……まあ、それほど大きくは変わらないでしょう」
「……」
「そして王であるセレーネ様は最低でもこの費用に見合うだけの何かを褒賞として出さなければならない……か。一応聞いておくがグロディウス商会がこの費用を全額負担することは?」
「勿論可能です。が、何度もとなると避けたい所ではありますね。例の計画もありますし、私たちに頼り過ぎるのはセレーネ様にとっても良くない」
「……」
表情には出さなかったが、セレーネは内心で顔を引き攣らせていた。
戦争と言うものが莫大な費用をかける物であることは理解していたが、現実にかかる費用はセレーネが考えているよりも更にとんでもないだったからだ。
「え、えーと、当然ですけど褒賞と言うのは、金銭の類でなくてもいいんですよね」
「申し訳ありませんが、私には答えられません。ただ、この費用に見合うだけの金銭や財宝となると……」
「まあ、世の中には金で買えない物と言うのは腐るほどあるが、それとこれとは話が別だろう。となると……」
「あ、はい。それ以上は言わなくていいです」
ウィズとティーヤコーチの表情にセレーネは理解する。
これは確かに懐を痛めない褒賞が必要だと。
それを考え付かなければ、多くの問題が起きる上に、何処かへと負担を掛けることになってしまうと。
既に半年以上ウィズとティーヤコーチの下で勉強をしていたセレーネには、何が起きるのか容易に想像がついてしまった。
「……」
ただ、その何かを考えつくにはヒントが足りない。
そう思ったセレーネは近くに座っているティーフレンに目を向ける。
「んー……ごめんなさい。セレーネ様。アタシはちょっと思いつかないです。特別な何かをあげられれば、それが良いんじゃないかなとは思いますけど」
「特別な何か……」
ティーフレンは申し訳なさそうにそう言うと、静かに目を伏せる。
「ん?私は美味しい料理をお腹いっぱいに食べられればそれで嬉しいよ」
セレーネは続けて、暇なのか背後でスクワットをしているトーコに目を向ける。
が、トーコの回答にすぐさま視線をシェルナーシュへと向ける。
なお、賢明な事にセレーネはそれはもう戦いの後で宴会としてやっているんじゃないかと思いはしても、顔、口、視線などに出す事はしなかった。
「……。小生からは特に言う事はない。が、一つだけ言っておく。大半のヒトは自分の理解を大きく越えたものを理解できず、排除しようとする。あまりにも突拍子のないものは控えた方がいい」
「ヒトが理解出来るもの……」
「それと、これは西部連合の王であるセレーネ自身が功のあった者に授けるものだ。他の者の伝手などを利用して得たものは相応しくないだろう」
「……」
「シェルナーシュ様」
「分かっている。これ以上は何も言わない。そもそも小生にはこの件で何かを教える義理は無いからな」
続けて視線を向けたシェルナーシュは、何処か面倒そうな表情をしつつも、セレーネの視線による問いに対して真面目にそう答える。
ティーフレンの意見、シェルナーシュの話、それと嬉しくなるものと言うものをヒントとして捉えたので一応トーコの意見も絡ませつつ、セレーネは考える。
特に、自分が何を持っていて、何ならば与えられるのかを深く考える。
「あの……ウィズさん。ティーヤコーチさん。こう言うものはどうでしょうか?」
やがて考えをまとめたセレーネは口を開く。
「なっ!?いやですがそれは……」
「え、えと……駄目でしょうか?」
「いやっ、意外といいかもしれない。ただそうなると……」
「そうですね。これは父上にも確認と意見を求めないと……」
セレーネの意見にウィズとティーヤコーチは大きく驚く。
そう、セレーネの意見は……ヘニトグロの歴史を大きく変える物だった。
「それってそんなに良いものなの?腹の足しにもならないじゃない」
「貴様は少し黙っていろ。トーコ」
なお、ティーフレン含め慌てて動き出す四人の背後で、二人の妖魔の内、片方は訳が分からないという表情を浮かべ、もう片方はこれだからという表情をしていたのはここだけの話である。
懐の痛まない褒賞……まあ、一番簡単なのは敵地での略奪ですね。