第192話「ロシーマス-6」
「陣形展開!」
私の声に合わせて指示用の太鼓が打ち鳴らされ、西部連合の兵士たちは事前の指示通りに陣形を組んでいく。
「と、向こうも出てきたわね」
マダレム・ゼンシィズから私たちが出てきたのを受けて、南部同盟の陣地からも兵が出て来て、陣形を組み始める。
数は……こちらと同じ千八百くらいか。
どうやら、二百ぐらいは陣地の防衛に残すつもりであるらしい。
「ちっ」
「ソフィールさん?」
「いえ、何でもないわ」
やがてどちらの陣営とも陣形の展開が完了し、同時に前へと進み始める。
こちらの方が先んじて行動していたのにだ。
まあそれはいい。
重要な問題だが、今はもう気にしても仕方がない。
それよりも展開した陣形だが……こちらが中央をやや厚めに盛っている横長の陣形であるのに対して、南部同盟は上から見た時に矢じりのような形を取っている。
伏兵や特殊な仕掛けの類は私が見る限りでは見当たらない。
どうやら事前の情報通りロシーマスは正面から直接ぶつかりあう事を好み、得意としているらしい。
「全員流れ矢に気を付けなさい」
「はい」
「言われなくとも」
私たち西部連合も、敵である南部同盟も、ゆっくりと前に進んでいく。
そして、お互いが保有する遠距離攻撃手段……弓矢と魔法による攻撃が届く距離に入ったところで、少しずつ攻撃が始まり……上からは矢が、正面からは火や岩と言った魔法による攻撃が飛んでくる。
勿論、受ける側もそれらの攻撃に対して、何もせずに黙って受けたりはしない。
上から疎らに飛んでくる矢には風の魔法で勢いを殺し、正面から飛んでくる魔法には鉄を主体とした強固な盾でもって対抗する。
「……」
「これが戦場と言うものよ」
だがそれでも勢いを殺し切れなかった矢が防具の隙間に当たってしまった不運な兵士が呻き声を上げながら倒れ、最前列からは爆発音と共に兵士の悲痛な叫び声と怒号が聞こえてくる。
「これが……戦場……」
「そう。これが戦場。それもまだ序の口。本番はこれからよ」
負傷兵を後方へと移動させ、仲間の死体を踏みつけ、私たちは淡々と前に進んでいく。
そうして南部同盟の兵が構える槍と、西部連合の兵が構える槍が触れ合う程の距離になったところで、状況は一気に動き出す。
「「「うおおおおぉぉぉ!!」」」
「っ!?」
「始まったわね」
お互いに鬨の声を上げつつ槍を突き出し、盾を構え、剣を抜き、駆け足で自らの前に立ち塞がる同族を殺しにかかる。
怒号が飛び交い、断末魔と血飛沫が激しく上がり、狂気の入り混じった笑い声が血に酔った顔から漏れ出る。
草原が紅く染まり、鉄と土の匂いが周囲を満たし、激しい金属音と爆発音が撒き散らされる。
「はぁ……ヒト同士の戦いは何回見ても嫌になって来るわね……」
ヒト同士で殺し合うと言う愚かな振る舞い。
ヒト同士で蔑み、罵り、呪い合い、他者の死を以て己の生を得ると言う異常な振る舞いこそが正常な世界。
ヒト同士で貴重な食料を、武器を、物資を無意味に浪費する行い。
この世に産まれてから五十年が経ち、食べたヒトの記憶の分も含めれば千年は余裕で越すほどの記憶を有する私だが、それでもこのヒト同士が戦う戦場の空気は嫌いで仕方がなかった。
「やっぱり戦いをするならヒトと妖魔の戦いの方がいいわ……」
だがそんな私の思いとは関係なく、戦局は動き続ける。
「ま、それはそれとして」
陣形の展開が早かった時点で分かっていた事だが、やはり今回の南部同盟の兵士の錬度は普通の兵士よりも高い。
恐らくは七天将軍二の座と言う立場の人物が率いるに相応しい兵士を集めて来ているのだろう。
だが、その戦術は正面から襲い掛かるという単純なもの。
最前列の方では多少の被害が出たようだが、事前に中央の陣を厚くしておいたこともあって、今や突撃の勢いは削がれ、横に広がろうとする動きも事前に展開していた分だけこちらが早く、後もう少し時間が経てば南部同盟の兵の周囲を囲い、全ての方向から攻めかかれるような状況になりつつあった。
「このまま行けば敵は詰むわけだけど……」
その時だった。
「ぶっ飛べぇ!!」
「「「!?」」」
「ま、そう容易くはいかないわよね」
囲いの一部、南部同盟の陣地に近い辺りでよく響く男の声と共に巨大な竜巻が発生し、その場にいた兵士たちを切り刻みながら吹き飛ばしていく。
尋常ならざるその光景に私の隣に居るリベリオなどは大きく目を見開き、硬直してしまう程だった。
「野郎ども!退くぞ!!」
「なっ!?貴様ら!?」
「逃げる気か!?」
そして、私の隣と言う戦いの場から離れた場所に居るリベリオですらそうだったのだから、前線の兵士たちが受けた衝撃はもっと大きいものだっただろう。
南部同盟が撤退の合図である楽器を打ち鳴らし、その音に従って行動を始めた時に、逃げる彼らへの追撃を行える者は極々少数だった。
「こりゃあまた人間離れした魔力だなぁ……」
「まあ、事前の情報通りではあるけれどね。センサト」
「分かってます。撤退の合図ですね」
少数で行う追撃はこちらの被害をデカくするだけ。
そう判断した私はセンサトに命じて、撤退の合図を全軍に送る。
そうしてマダレム・ゼンシィズの前で行われた今日の戦いは、痛み分けに近い形で終わるのだった。