第190話「ロシーマス-4」
セレーネが私の庇護下に入ってから二月後。
「セレーネ様。貴女様が目指される夢が現実のものになることを、私も祈っております」
「ありがとうございます。私の持つ力のすべてを尽くして、必ずや実現させて見せます」
テトラスタ教から正式な司祭たちが派遣され、セレーネはそれを二月の間に覚えた礼儀作法と知識、そして生来の素質の全てを生かす形でもてなした。
結果、どちらも本物なので当然ではあるが、セレーネが所有する琥珀蠍の魔石は本物だと認められ、セレーネが琥珀蠍の魔石に認められた善きヒトである事も、テトラスタ教の司祭に認められた。
なお、この確認作業の際に、セレーネの護衛にしておいたシェルナーシュと、テトラスタ教の司祭たちの護衛を取り仕切っていたルズナーシュがうっかり、偶然、偶々、顔を合わせてしまい、親子漫ざ……ゴホン、一悶着を起こす事になったが、少なくとも南部同盟の件が片付くまではシェルナーシュの味方をするとルズナーシュは確約してくれたので、今後プラスの方向に話が進む事は有っても、マイナスの方向に話が進む事はないだろう。
いやぁ、それにしてもルズナーシュが護衛部隊の隊長としてマダレム・セイメにやって来るなんてなぁ……恐ろしい偶然もあったものである。ははははは。
まあ、この話はこれぐらいにしておくとして、セレーネがテトラスタ教の司祭に認められてから更に二か月後。
「では、セレーネ様を私たち西部連合の王として迎える事に全員異議なしと言う事でよろしいですね」
「問題ない」
「これからよろしくお頼み申します」
「はい。修行中の身ではありますが、精一杯頑張らせていただきます」
「セレーネ様バンザーイ!西部連合バンザーイ!ソフィール様バンザーイ!」
セレーネは西部連合の王として、満場一致で迎え入れられた。
すんなり話が通った理由としては、この議会の三か月前、シムロ・ヌークセンと北部三都市の件で、阿呆が軒並み排除されていたというのもある。
あるが……それ以上にセレーネの血筋と思想、テトラスタ教司祭の後押しと言う要素が、ヘニトグロ地方でも特にテトラスタ教が広まっている西部連合で受け入れられた要因の一つでもある。
「ソフィールさん。その……」
「心配しなくても、貴女の演説は素晴らしかったわ。それに、あれで目聡い者は気づいたはずよ」
加えて、議会で行った演説が12歳の少女とは思えぬほどに巧みで立派だったという事もあるだろう。
勿論、私が文章を推敲し、演技の指導をしたと勘ぐるものも居るだろうし、私が幾らか手助けをしているのも事実ではある。
だが、あの演説で目聡い者たちは気付いたはずである。
セレーネは私の傀儡ではない。
それどころか、一代で財を成し、西部連合の中枢にまでたった十年で踏み込んできたグロディウス商会のソフィールと言う化け物を御し、利用するつもりであるという事実に。
セレーネが語った理想は彼女自身のものであり、セレーネを王としていただき、皆で協力すれば決して実現不可能ではないという事実に。
「でもそうなるとソフィールさんの方には……」
「まあ、そう言うのが集まって来るでしょうけど。彼らは彼らで使い道があるわ」
しかしながら、中には彼女の意思である事に気づかない者も居るだろう。
表面ではセレーネを慕っていても、裏では彼女の事を妬み、蔑む者も居るだろう。
己が利益の為に、力あるものとなったセレーネにすり寄ろうとする者も居るだろう。
「その……出来るだけ悲しむヒトや苦しむヒトは出さないでくださいね」
「心得たわ」
そう言った存在が居るからこそ、現状ではセレーネの周囲はウィズ、シェルナーシュ、トーコを含めた私が信用に足ると考えた人物で囲うようにしている。
私に対する感情の良い悪いを無視して。
彼らが居れば、それこそ今この場で私が居なくなっても、ノムンの寿命が尽きて南部同盟が内部崩壊を始めるぐらいまでは持ちこたえてくれるだろう。
「セレーネ様ぁ!」
「あ、はい。今行きます!では、ソフィールさん。私はこれで」
「じゃあね。セレーネ」
「そこは……」
「そうな……」
ティーヤコーチの娘であるティーフレンに連れられる形で、私の前からセレーネが去って行く。
「なるべく……ね。まあ、一般兵なんかは可能な限り生かしておきたいわよね」
では、私の周囲に居る人材は?
実は使い潰しても惜しくない人材……要は私に恩を売ろうとすり寄ってきた輩や、内心ではセレーネを引き摺り降ろしたいと思っている者、他にも脛に傷を持っているような者の割合が多くなるように集めるようにしている。
勿論、生き残れるだけの実力があるならば、生き残ってくれて構わない。
セレーネを裏切らない限り、味方である事には間違いないのだから。
「父上。こちらに居ましたか」
「あら、ウィズ。貴方がそこまで急いでいるだなんて、もしかしなくてもそう言う事かしら?」
「ええ、父上が想像している通りです」
「じゃあ、急いで準備をはじめないといけないわね」
急いで走ってきた様子のウィズを横に従えつつ、私は自分の執務室の方に向かう。
これから起きる事に備える為に。
そうして冬の二の月の半ばごろ。
「来たわね」
「……」
リベリオを連れた私はマダレム・セイメの南東にある都市国家マダレム・ゼンシィズへとやって来ていた。
そして、マダレム・ゼンシィズの城壁の上からは、平原に整然と並ぶ南部同盟の軍勢が見えていた。
襲来です