第189話「ロシーマス-3」
「久しぶりね。セレーネ」
「ソフィールさん」
ウィズたちから報告を受けた私は、その足で一人部屋の中で本を読んでいたセレーネの元に向かった。
セレーネが読んでいた本は……ティーヤコーチが書いた商売の基礎に関する本か。
最近は何処かの名も無き騎士の活躍について記した本とか、それに似たお伽噺なんかをまとめた本が良家の子女の間で少しずつ流行り始めていると言う話で、セレーネも性格的にはそう言った物語を好みそうな気もするが……セレーネは別の道を望んだらしい。
「ウィズに聞いたわ。貴女もリベリオも凄く熱心に勉強をしているらしいわね」
「はい。マダレム・セイメに来て、ウィズさんやティーヤコーチさんに色んなことを教わって、私なりに考えた事もあるんです」
「そして、その考えた事を実現するためには、もっといろいろな事を学ばなければいけない。と」
「はい」
私は適当に椅子を持ってくると、セレーネの前に座る。
リベリオはウィズの監督下で、私が雇っている傭兵たちから戦いの訓練を受けているため、部屋には居ない。
まあ、この先の会話はリベリオに聞かせる意味は現状ではないので、問題はないが。
「セレーネ。貴女は何を目指しているの?」
「私は……西部連合の盟主に……いえ、ヘニトグロ地方全域を治める王を目指しています」
「それは何故?」
「もう、レーヴォル村のような……あんな沢山のヒトが倒れ、苦しみ、悲しむような出来事を起こしたくないからです」
「ヘニトグロ地方全体の王になると言う事は、その道中、場合によっては王になってからも、あの村で起きた惨劇を自らの手で造り出す事もあるのよ。それは分かっているの?」
「分かっています。分かった上で言っています。そんな事が起きた時には、誰が何と言おうとも、私にも少なくない責があることも分かっています」
セレーネは私の目を真正面から堂々と、一切臆することなく、祖父譲りの橙色の瞳で見つめている。
それにしても、王と言うものが言う程良いものでない事を極一部とはいえ理解した上で、王になりたい……か。
私個人としては後三年程待って、大人になってから迎え入れるべきだと考えていたのだけれど……これも血の成せる業なのかしらねぇ……。
正直、嬉しいのと同じくらい悲しくなってくる。
「ソフィールさん?」
「ん?ああ、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけ」
しかしだ。
セレーネ自身が王になることを望むのであれば、私はそれを実現するべく尽力するべきだろう。
他ならぬ私自身の為に。
「セレーネ。貴女は王になりたいと言った」
「はい」
「その為に必要なのは分かっているの?」
「私は……みんなの……ソフィールさんやティーヤコーチさん、それにマダレム・セイメ……いいえ、ヘニトグロ中のヒトの支持が必要だと思っています。御爺様と違って、私自身には戦う力はありませんから」
「では、その支持を集めるために必要なのは?」
「血筋、財力、権威、武力、仁徳、他にも色々とあると思っています。私はそれがヒトの道に外れたものでない限りは全て使うつもりです」
セレーネの目には迷いはない。
セレーネの言葉には誰かに言わされている気配はない。
全て自分で考え、悩み、その末で捻り出しているという事なのだろう。
その意思の強さは、どことなくサブカを思い出させるものでもあった。
「そう。そこまでの覚悟があるなら、私は出来る限り貴女の助けになるわ」
「ありがとうございます」
「一先ずは……そうね。今貴女が学んでいるものに加えて、私が貴女に弁論の手ほどきをしましょうか」
「弁論……ですか?」
「確かに貴女には剣を振るう力はない、魔法を学ぶほどの時間も無いでしょう。けれど、相手を論破し、味方を鼓舞し、中立の立場にあるものを自分の味方にする事が出来る言葉の力なら、他の勉強と並行して学ぶことも出来るし、貴女を助ける力にも確実になる。それに何よりも……」
だが現状ではセレーネは私に利用されているだけの存在としか周囲に見られていない。
事実、私が居なければ、セレーネは今日一日生き延びられるかも怪しいだろう。
しかし、彼女が求める未来はそれではやって来ない。
仮にやって来たとしても、その末路はシチータの時と同じになる可能性が高い。
だから学ばせる必要が有る。
「弁論を学べば、ただ口だけが達者な者とそうでない者を、貴女を己の欲の為に利用しようとしている者とそうでない者を、貴女に本心から忠誠を誓っている者とそうでない者を見極める助けにもなるわ」
「はい」
誰が敵で、誰が味方で、誰が忌むべき者なのかを見極める術を。
「それじゃあ、早速準備を……」
そうして私が準備をするために立ち上がろうとした時だった。
「あの、ソフィールさん。失礼かもしれませんけど、一ついいですか?」
「何かしら?」
セレーネが真剣な目つきのまま、私に問いかけてくる。
「ソフィールさんの目的は何ですか?」
「平和な国を造ること。じゃ、駄目かしら?」
「駄目です。トーコさんたちが言っていました。ソフィールさんにとって私を擁立して国を建てる事だけが目的ではないはずだって。私もそう思います。だってソフィールさんはヒトではなく妖魔ですから」
「……。全てを答える気はないわ。ただ一つ言うならば……私はあの子の最後の願いを叶え続けなければならないという事よ」
私はセレーネの部屋を後にする。
そう、私は彼女の……フローライトの最後の願いを叶えなければいけない。
私らしく生きろという願いを。
その為にも平和な国は必要になる。
絶対に。
五十年近く前の約束に未だに縛られていたりします。