第185話「邂逅-12」
「……」
部屋の中に侵入してきた黒装束の連中はその手に黒塗りの短刀を握り、それぞれの侵入口から私とリリアに向かって真っ直ぐに迫って来ていた。
それに対してリリアは一瞬自分の背後に目配せしつつも、私に向けていた右手を力を貯めるように握り込んでいた。
そして私も、椅子に座っていた状態から跳ね上がると、空中で回転して部屋の中の状況を確かめる。
「こいつら専門家ね」
部屋の中に侵入してきた黒装束の連中は全員合わせて五人。
扉の方から三人で、窓から二人だ。
彼らにとって私の存在は予想外なはずだが、私が脚の力だけで飛び上がるという真似を見せても、その動きに迷いは感じられない。
つまり彼らは要人暗殺の為の訓練を積んだ、暗殺者と言う事になるのだろう。
「麻痺!」
「「「!?」」」
そうして私が宙に浮いている一瞬の間に状況は大きく変化する。
私が座っていた椅子も巻き込むように、リリアの手から黄色い稲妻のようなものが発せられ、扉の方から部屋の中に侵入してきた三人の黒装束の胸を撃ち抜く。
それだけで三人の黒装束は全身を勢いよくエビ反り、痙攣、倒れ始める。
「まっ……」
「「!?」」
三人の無力化を確信した私は両手の爪に染み込ませるように昏睡毒を生成する。
そして宙に居る私を突き刺そうとした短剣を身を捩って回避すると同時に、両手の爪で浅く黒装束の布を切り、その下に有る皮膚を傷つける。
それだけで二人の黒装束は動けなくなり、意識を失ってその場に倒れ込み始める。
「気を付ける相手は違うわね」
「おやっ?」
で、着地と同時に胸の詰め物に仕込んでおいた魔石を起動。
忠実なる蛇を発動し、服の背中を突き破って現れた土の蛇によって、私の背中に向けてもう片方の手を向けていたリリアの腕を絡め捕る。
「これは何のつもりだい?クズ男」
「それはこっちの台詞よ。リリア」
「私は連中に魔法を掛けようとしただけなんだけどねぇ」
「私の反応が早かったからよかったけど、何の躊躇いもなく私も巻き込むように魔法を撃ったヒトが言う台詞じゃないわね」
私はリリアの腕を締め付ける力を弱めない。
見た目は枯れ木のような腕であるにも関わらず、まるで衰えと言うものとは無縁のような力を秘めているのを感じ取れたからだ。
「私はヒーラを食ったアンタを決して許す気はない」
「許さなくて結構よ。私は私の意思でもってヒーラを食べたんだもの。他人は関係ない」
「私はアンタを殺す為に四十年以上研鑽を続けてきた」
「お生憎様。研鑽を積んでいるのは貴女だけじゃないわ。私だって自分の事は鍛え続けていた」
「「……」」
私とリリアから発せられる魔力を含んだ気配に、部屋中の空気が張り詰めていく。
「はぁ……悔しいけれど、私じゃあアンタには届かないか。シチータのようにはいかないもんだねぇ」
「アレを目指す対象にするのは間違っているわ。と言うかあの領域にただのヒトが行き着けたら、そちらの方が問題よ」
「おまけにアンタと協力した方が、私たち『黄晶の医術師』にとっては色々と良い点があって、今後の為になるって言うのが本当にねぇ……」
「それについては一部のヒトが愚か過ぎるのよ……」
リリアの腕から力が抜けるのに合せて、私も土の蛇による拘束を緩めていく。
「はぁ……本当に世も末だねぇ……親友の仇の方が、どこぞでふんぞり返っている馬鹿どもよりも話が通じる上に頼りになるだなんて」
「重ね重ね言うけど、一部のヒトの頭が残念過ぎるのよ。私だってこんなに表だって動く時代が来るとは思わなかったわ」
リリアが椅子に深く腰掛け、何歳か一気に歳を取ったかのように溜息を吐く中、私は黒装束たちの衣装を全て剥いだ上で拘束をしていく。
勿論拘束の際には、自殺防止として口の中に何かを潜ませていないかを確かめた上で、猿轡を噛ませる。
これで魔石なしに魔法を使えるようなヒトでもなければ、自分たちの口を封じる事も、逃げる事も不可能だろう。
「それでリリア。こいつ等はどうするの?」
「どうすると言われてもねぇ……こいつ等はどう見ても専門の訓練を受けたプロ。尋問や拷問をして口を割らせようと思っても、相当の手間暇がかかるだろうし……まあ、幾つかの危険な薬の実験台に使った上で処分かねぇ」
「意外とエグいわね……」
拘束が完全に終わったところでリリアに彼らをどうするか聞いてみたところ、意外とエゲツない返事が待っていた。
いやまあ、未知の薬草の効能や魔法の効果を調べる上で、どうしても人体実験じゃないと分からない事もあるんだろうけど、それにしたってエグイ。
ああいや、そのエグさでもって口を割らせようとする意志もあるのかもしれないけどさ……。
「一応聞いておくけど、その実験とやらと彼らについての情報だったらどっちの方が重要なの?」
「そりゃあ情報の方さ。実験については、必要なら死刑判決を受けた犯罪者でもいいんだからね」
「なるほどね。だったら……」
私はリリアに耳打ちして伝える。
妖魔が獲物を生きたまま丸呑みにする事によって、相手の記憶を奪えるという情報を。
「ほぉ……いいだろう。なら、包み隠さず話す事を条件に、私は今日襲撃なんてされなかった事にしようじゃないか」
「感謝するわ。リリア」
私の情報にリリアは再び黒い笑みを浮かべる。
そして私も黒い笑みを浮かべた状態で、拘束されている彼らの方を向く。
「「「……」」」
「ま、出来るだけ苦しまないようにはしてやるわ」
彼らの目は何をする気だと言わんばかりにこちらを睨み付け、何をされても話す事はないという覚悟の色も秘めていた。
だが残念。
「じゃっ、いただきます」
「「「!?」」」
彼らがどれほどの決意と覚悟を有していようが関係はない。
私と言う、ヒトを生きたまま丸呑みにすることにより、ヒトの記憶を奪い取れる蛇の妖魔にとっては。
当然ですが、隙が有れば殺そうと思う程度には仲が悪いです