第184話「邂逅-11」
「見つけたっと」
私が知っている『黄晶の医術師』の拠点内構造は40年以上前のものであるため、その後の増築された建物や解体された建物についての記憶はない。
が、それでも私の探していた部屋はその頃とさほど変わらない位置にあったため、それほど苦労せずに見つける事が出来た。
「……」
私は隙間から明かりが漏れている木製の扉を軽くノックし、中から返事が返ってくるのを待つ。
「入りな!」
少しだけ待っていると、中から入室許可する聞き覚えのある声が聞こえてきたので、私は帽子を脱いだ上で部屋の中に入る。
「まったく、こんな時間に……っつ!?」
「初めまして。と言う必要は無さそうね」
部屋の中に居た『黄晶の医術師』の現総長である老婆。
白い髪を短く切り揃え、清潔感を全身から漂わせる彼女の瞳は一瞬驚きの色に染まり、直後の数瞬怒りと嫉妬の炎に彩られ、瞬き一つ程の時間が経った後には何の感情も感じられないような瞳へと変わっていた。
「まさかアンタが尋ねて来るとはねぇ……土蛇のソフィア。いや、私とアンタの仲ならクズ男とでも呼んだ方がいいのかね?」
「随分と懐かしい呼び方ね。リリア。ただ、何処にヒトの耳があるか分からないし、呼ぶなら今の名前であるソフィールで呼んでほしいわ」
「妖魔が御使いの名を名乗るのかい。バレたら殺されるだけじゃ済まないだろうね」
「バレなければ問題はないわ。それに御使いのソフィールじゃなくて、グロディウス商会のソフィールだもの」
「グロディウス商会ねぇ……まあ仕事には誠実か」
「ついでに言えば、今は西部連合の正式な使いよ」
「……」
私は部屋の中に入ると、今回の交渉相手であるリリアが視線だけで示した椅子へと腰かける。
そして、荷物の中から私が西部連合の正式な使いである事を示す書状を投げ渡す。
勿論、この間リリアへの注意は一瞬たりとも怠らない。
私と彼女の関係を考えたら、少しでも隙を見せたら攻撃されるだろうし。
「それで、こんな時間に事前の通達も無く押しかけた理由はなんだい?今更ヒーラの行方が分かったとでも言うつもりかい?」
「ヒーラの事は貴女ならもう理解しているでしょう。その為だけに『黄晶の医術師』の地位を今の場所にまで押し上げた貴女なら」
「ふんっ……分かっているなら、本題をとっとと言いな。本音を言うなら、私は今すぐにでもアンタの事を縊り殺してやりたいぐらいなんだからね」
書状を確認したリリアは私の事を睨み付けつつ、魔石と思しき石が填め込まれた腕輪を付けた腕をこちらに向けている。
が、私に攻撃をするなら本命はそちらではないだろう。
彼女の情報網なら、私には生半可な攻撃が通用しない事ぐらいは理解しているはずだ。
ただ、何時までも皮肉を言っているわけにもいかない。
なので、私は本題に入ることにする。
「本題ね……何故北部三都市……ああいや、シムロ・ヌークセン傘下の三都市は戦争の準備を始めているのかしら?」
「西部連合に合流し、南部同盟に対抗するため。と言ったら納得するかい?」
「それだけじゃ納得はしづらいわね。西部連合に入るという打診も受け取っていないようだし」
「ほぉ……そうなのかい」
私の言葉にリリアは邪悪な笑みを浮かべる。
なお、西部連合が北部三都市から連合入りの打診を受け取っていないのは事実だ。
移動中に別に放っておいた土の蛇を本部の方に送り、盗み聞きさせておいたから。
勿論私の移動速度が速すぎて、その情報が伝わる前にこの場に辿り着いてしまった可能性もあるが……リリアの表情からして違いそうだ。
「やれやれ、ヒトよりも妖魔の方が信頼がおけるとは世知辛い世の中だねぇ。けれどそうかい。そう言う事かい」
リリアが笑みを深めていく。
これはまあ……もしかしなくてもそう言う事なのだろう。
リリアが総長になってから二十年、既に齢は六十を超えている。
そんな彼女を厄介に思う勢力は決して小さいものではないだろう。
「ソフィア。ノムンは最近、南部同盟の勢力圏下に居る『黄晶の医術師』の魔法使いを拘束、本部の私たちとの交流を断たせるように動いているという話は知っているかい?」
「ソフィールと呼んで……ああいえ、その話は初耳ね」
そして南部同盟の方では『黄晶の医術師』の魔法使いを拘束する動きが始まっている……か。
リリアが西部連合にシムロ・ヌークセンを入れようとしたのは、その南部同盟による拘束の動きが原因だろうけど、リリアの意思は西部連合にはうまく伝わっていない。
となると、傘下の三都市がどういう動きをしているかだけど……。
「ふうむ……自分たちの権力保持とシムロ・ヌークセンとの立場逆転。その辺りが南部同盟に味方する対価ってところかしらね」
「愚かとしか言いようがないね。北と南の二方から同時に襲い掛かると言う事に表向きはなっているんだろうけど、間違いなくただの捨て駒だよ」
まあ、私とリリアが同じ結論に辿り着いた事から分かるように、傘下の三都市の裏では十中八九南部同盟が裏で糸を引いているだろう。
「けれどまあ、そうと分かったなら話は早いね。今伝令に関わっている連中を軒並みシメて、別の伝令を出せばいい」
「出来ればシメるだけじゃなくて、三都市の有力者との会談の場を設けて欲しいのだけど……」
「何言ってんだい。シメるのは……」
と、そこまで話が及んだ時だった。
「「「……」」」
「「!?」」
部屋の窓と扉から全身黒装束の何者かが複数侵入してきたのは。
ババリリアの登場でございます