第176話「邂逅-3」
「んっ……」
「ぐっ……ここは……」
「やっと起きたみたいね」
少年と少女が起きたのは、翌朝の事だった。
目を覚ました二人は土で出来た建物と言う見覚えのない風景であるために、私に対して警戒心を露わにしている。
が、私の手にハルバードと言う分かり易い凶器がある為だろう。
無闇に暴れたり、迂闊に動いたりする様子はない。
うん、実に良い事だ。
今後の事を考えたら、手荒な手段は可能な限り控えるべきなのだし、理知的なヒトの方が手も組みやすい。
「さて、まずは自己紹介といきましょうか。私の名はソフィール。グロディウス商会の会長よ」
私は懐から外周が自らの尾を噛んでいる蛇の環と言う装飾が施されたメダルを取り出す。
ちなみに蛇の環の内側部分にはこのメダルが私のものであることを証明するようにソフィールの名が刻まれているが、反対側……普段は表として扱う側には蛙と蛞蝓と蠍を象った装飾が施されている。
「そのメダル……行商人のお兄さんが持っていた……」
「ウチの教会の隅っこに飾られてた奴だ」
「ちゃんと見覚えがあるようで何よりだわ」
メダルを見た二人は目を大きく見開き、驚いた様子を見せる。
なお、私の指示で定期的にこの村へと行商人をやっていたのも、この村の教会に食料やお金を不自然でない程度に寄付していたのも事実である。
尤も、少女の言う行商人のお兄さんについては、残念な事に二人が眠っている間の捜索で融けたメダルの一部が見つかったので、今回の事件に巻き込まれて死んだことが確定してしまった。
優秀な人材だっただけに残念で他ならない。
「まあ、そんなわけだから、私は貴方たちが誰か知っているわ。リベリオ、セレーネ」
「「!?」」
商会の会長と名乗った人物が自分たちの事を知っているのは流石に予想外だったのか、二人……黒髪黄眼の少年リベリオと金髪橙目の少女セレーネは再び大きく目を開く。
実に分かり易くていい反応だ。
「ただまあ、ここまでは表向きの話ね」
「へ?」
「表向きの……話?」
「そう。表向きの話。今後の貴方たちの為に、これから私は色々と話す。その言葉を信じてもらうためにも、私は私にとって最も重要な秘密を一つ打ち明けるのよ」
私は喋りながら、自分の陰にしまっておいた物を取りだす。
そして、それ……程よく焼けたヒトの腕を目にしたリベリオとセレーネは今までとは別の意味で、驚きを露わにする。
「パクッと……私は蛇の妖魔のソフィア。貴方たちには土蛇のソフィアと名乗った方が通りが良いかもしれないわね」
「土蛇の!?」
「ひっ!?」
一口でヒトの腕を丸呑みにし、ヘニトグロ地方ではよく知られたその名を名乗った私に対する二人の反応は劇的な物だった。
リベリオは例の炎を再び右手に灯らせようとし、セレーネは反射的に立ち上がって逃げ出そうとしたのだから。
「はーい。炎を出さない。逃げ出そうとしない」
「アイダァ!?」
「むぐうっ!?」
「失禁は……まあ、別にしてもいいわ。怖いのは分かるし」
勿論、それを許す私ではないので、リベリオに対しては背後から土の手で軽くチョップをかまして集中を途切れさせた後に右手を覆い、セレーネに対しては立ち上がる前に両肩に土の手を置いて立ち上がれないようにする。
で、恐怖からかセレーネが失禁してしまったようだが……まあ、死んでから十二年が経ち、一部では英雄王だなんて呼ばれ始めているシチータと何度も戦い、生き延びている妖魔の中の妖魔と遭遇したら、失禁の一つや二つぐらいは仕方がないだろう。
今は替えの下着を二人が持って来ている事を願うばかりだ。
「言っておくけど、私に貴方たちを食べる気はない。と言うか、食べるなら目が覚める前にパクリと言っているし、こんな事も言ったりしない。だからまずは落ち着きなさい。話が進められないわ」
「「……」」
しばらくすると、私の言葉を信頼したのか、それとも機を窺って逃げるつもりなのかは分からないが、リベリオもセレーネも表面上は落ち着いた様子を見せつつ、その場に座る。
「さて、今後の話だけど……そうね。私には貴方たちにやってもらいたい事が有る」
「やって……」
「貰いたい事?」
「ええそうよ。でもそのためにはまずセレーネ、貴女の出生についての話と、リベリオ、貴方が得た力について話しておくべきかしらね」
「「!?」」
二人はもう何度目かも分からない驚いた表情を見せる。
と言うか、幾らなんでも驚き過ぎ……ああいや、セレーネの件もリベリオの件も知っている方が珍しいしおかしい話か。
とは言え、何度も同じリアクションを見せられていると、見せられているこちら側としては少々飽きて来るので、そろそろ別の反応を見せて欲しい所ではある。
「まずセレーネ。貴方は孤児院で家族についてはなんて言われていたの?一応聞かせて」
「えと……私もリベリオも元の家族に捨てられたから、今の家族は孤児院の皆だと言われています」
「ふむ。それじゃあ、貴方が孤児院に入った経緯は?」
「ある日孤児院の前に籠に入れられた状態で置かれていて、そこをシスターに拾われたらしいです。身元が分かりそうな物は、この常に身に着けている様にシスターから言われていた銅のペンダントだけだったらしいです」
「うん、よろしい」
セレーネはそう言うと、首から提げている周囲が薄い銅の殻で覆われ、中身が見えないようになっているペンダントを見せる。
私はその事に満足げな笑みを浮かべながら頷く。
「やっぱりこの村の孤児院に任せて正解だったわね」
「任せてって……まさか……」
そして、私の発言だけで何かを察したのか、セレーネが青い顔をしている。
ただ、現実はセレーネが想像している物よりもさらに複雑だ。
「セレーネ、貴女をこの村の孤児院に預けたのは私。そして貴女を私に預けたのは貴女の祖父」
「へ?」
「祖父の名前はシチータ。父の名前はフムン。そう、貴女は南部同盟盟主の正当後継者なのよ」
「「!?」」
そうして私が発した言葉に……セレーネもリベリオも、信じられないと大きな口を開けた状態で絶句していた。
うーん、あのシチータの孫とは思えないぐらい普通の反応だなぁ……。
バラしていいの?バラさないと説得力が無いの。