第174話「邂逅-1」
その後の展開はだいたいシチータが予想した通りだった。
『私が父の跡を継ぎ、同盟の盟主となる』
『力なき者に同盟の盟主は務まらん。私こそが盟主に相応しい』
上の息子であるフムンがシチータの跡を継ごうとしたが、それに下の息子であるノムンが反対の意を示し、両者は自分の母親とその取り巻き、その他周辺の人々も巻き込んで権力争いを繰り広げることになった。
ここで彼らが愚かにもこの争いを大規模な内乱にまで発展させてくれたならば、私にも色々と干渉をしてフムンの側を陰から支援する事も出来ただろう。
が、現実はそうならなかった。
どうやらシチータの言うとおり、ノムンの戦略と策謀の才は確かだったらしく、私が別件で色々と動いている間に全てを終わらせ、他の都市国家の有力者含めて、自分に反対する者は軒並み処刑、投獄に処されてしまっていた。
一応ノムンの勢力圏から逃げ出して難を逃れた生き残りの居場所を数人分調べてあるが……私が抱えているものを考えたら、接触しない方がいいだろう。
中にはノムンがワザと逃がしたヒトも居たようだし。
『貴様等の領内に犯罪者が居る。捕まえて我々に引き渡すならよし、匿うのであるならば力尽くで改めさせてもらおう』
『貴様等は我々の品の輸出入を不当に制限している。悔い改めて我々の品を受け入れるならばそれでよし。拒否するならば覚悟をしろ』
同盟の盟主の座に収まったノムンは、直ぐに自分の基盤を固めると同時に、同盟内の目を自分以外に向けさせるべく行動を開始した。
口実は様々だったが、要するにヘニトグロ地方南部同盟の勢力圏を広げ、安定させるための手を打ち始めたのだ。
あらゆる負債を同盟の外側に居るヒトに被せるように。
『いいか。私が絶対の権力者だ。私の意見に反対する者は全員反逆者だ』
『食料が足りない。よって貴様等から食料と農地を奪う事にしよう。邪魔をする者は皆殺しだ』
勿論、こんな行いを周囲の都市国家たちが許すはずがない。
ヘニトグロ地方西部の都市国家たちはヘニトグロ地方西部連合を、東部の都市国家たちはヘニトグロ地方東部連盟を結成。
ノムンを盟主改め王とする南部同盟に対抗しようとした。
そしてこの頃には、殺した後にヘニトグロ地方全体で起きる混乱を考えたら、私の手でノムンを暗殺するわけにはいかなくなっていた。
何と言うか、この辺りで私はシチータに踊らされた気がする。
後悔先に立たずで、気が付いた時には当初のプランを進めるしかなかったのでこの案は諦めたが。
『御使いの主など知った事か。私こそがヘニトグロの王であり、主である。姿を顕さぬ御使いなど信じず、私に忠誠を誓え』
『碌な頭が無い軍に、内輪で揉めている国など恐れるに足りんわ』
西部連合も、東部連盟も、少しずつ南部同盟に押されていった。
途中でノムン自身が前線に出てくるほどの時間と距離に余裕が無くなってきたためにその侵攻速度はかなり緩まったが、それでもその勢力は単体としてみれば三つの集団の中で最も大きなものになっていた。
何故西部連合も東部連盟も南部同盟に此処まで押され続けたのか。
その理由は少し考えれば単純なことだった。
ノムンは御使いの教え……最近ではテトラスタの名を冠してテトラスタ教と呼ばれるようになった教えを、父であるシチータと違って否定した。
暴力暴食姦淫謀略に明け暮れ、自らと周囲の贅を尽くした生活を守るために多くの民衆を虐げた上に、自分に対して絶対の忠誠を誓うように強制した。
そのために南部同盟内の民衆はともかく、西部連合と東部連盟の民衆は一致団結して南部同盟に対抗しようとした。
だが、数に任せた攻撃は普通の兵を指揮する者……確か将軍と呼ばれる連中には通用しても、ノムンが少し口を出せば惨敗を喫するようなものだった。
となれば当然誰かが指揮を取ればと考えるだろう。
しかし、そこで西部連合と東部連盟の有力者たちは愚かにも内輪で揉め、南部同盟に向ければ勝てずとも戦線をもっと前線で固定できたであろう兵力を消耗してしまった。
そのために南部同盟にどちらも大きく押されたのだった。
ああいや、もしかしたら、あの内輪もめもノムンの策謀の一つであったのかもしれない。
私自身の策の為に少しずつまた表に出てきた私の目には、どうにもあの時の内輪もめの具合には違和感を感じたから。
『ふはははは、私こそが王だ。私の進む道を阻めるものなど誰も居ない。そう、それこそ父と幾度となく戦い生き延びたあの蛇の妖魔程の知恵者であろうともだ!』
いずれにしても、この時点で私は自分の進めている計画をどんな方法を用いてでも実行しなければならないと判断した。
南部連盟の王となったノムンを倒すためにも、その後ヘニトグロ地方全土を巻き込んで起こるであろう騒乱を可能な限り小規模なものに抑え込むためにも。
とりあえず……うん、最悪の場合にはノムンの寝室に焼き菓子の毒を仕込んだ牙を持たせた忠実なる蛇を忍び込ませて始末するとしよう。
シチータの時代から情報収集用として、連中の重要拠点には定期的に忍び込ませてあるんだしさ。
ヘニトグロ中が南部同盟の勢力下に入って荒れ果てるよりかはマシだ。
「さて、それじゃあ次は……」
さて、シチータが死んでから十二年が経った。
予定では計画の実行はもう三年ほど経ってからだが……
『おい見ろよ。あの炊煙』
『へへへ、こんなところに村が有ったとはなぁ』
『げへへっ、楽しみだぜぇ……』
「っつ!?」
「どうされましたか?」
どうやらそうもいかなくなったらしい。
「ごめんなさい。急用が出来たわ。二人に村へと馬車を向かわせるように指示を出しておいて」
「……。分かりました。お気を付けて」
そして私はとある村へと全速力で向かう事にした。
07/28誤字訂正