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ソフィアズカーニバル  作者: 栗木下
第3章:英雄と蛇
172/322

第172話「英雄-6」

「よっと」

 二日後。

 腹の傷の痛みがだいぶ落ち着いてきた私は、周囲の安全を忠実なる(スネーク)(ゴーレム)で確かめた上で地下から地上へと上ってくる。


「ふぅ、酷い目にあったわ」

 マダレム・エーネミ跡には、ヒトの姿は勿論の事、妖魔の姿も、鼠や犬、鳥と言った獣の姿すらも無かった。

 都市に残されていたのは……疫病が発生するのを防ぐために黒く焼け焦げるまで焼かれた傭兵たちの死体と、無数の戦いの痕跡、持って行く価値がないと判断された諸々の物品、それとフローライトが眠っている木を含めた無数の植物だけだった。

 その光景に、この都市に蓄えられていた金銀財宝の類が全て持って行かれたことで、マダレム・エーネミは二度目の滅びを迎えたと、頭の中で何となく感じた。


「さて、これからどうしようかしらね……」

 私は荒廃したマダレム・エーネミの中を歩き回って適当な袋を見つけると、地下に隠れる際に一緒に持って行った金銀財宝を袋の中に放り込んでいく。

 これだけの財貨が有れば……まあ、暫くの間は金銭面で不自由を覚える事はないだろう。


「よいしょっと」

 私は何かめぼしいものが残っていないか、そしてどんな戦いが行われていたのかを知るべく、再び街の中を歩き回り始める。


「あれは……そう」

 そうして街の中を歩き回っていると、やがて私の前に大量の焼かれた死体が積み重ねられている場所が見えてくる。

 そこは私の記憶が確かなら広場だったはずだが、激しい戦いが繰り広げられたためか、他の場所よりも建物の損壊も激しく、殆ど原型は留めていないと言ってよかった。


「そう言う事だったのね」

 けれど、大量の荼毘に付された死体よりも、破壊された広場の跡よりも私の目を惹くものが、そこにはあった。


 それは刃の中ほどから先が折れてなくなり、血と土で汚れたボロボロのマントが持ち手部分に結び付けられたサブカの剣。


「馬鹿……」

 私はまるで墓標のように地面に突き立てられたその剣を見て、この場で何が有ったのかを……自分が何故助かったのかを悟る。


「本当に馬鹿……」

 シチータの四本目の矢が飛んで来なかったのは、いや、それどころか三本目の矢の狙いが僅かに逸れていたのは誰のおかげだったのか。

 地下に隠れた私の事をシチータがまるで追ってくる様子が無かったのは何故だったのか。

 私の前に突き立つサブカの剣が、この広場の様相が、大量に積み上げられた死体の山が、その真相の全てを如実に語っていた。


「私を助けるために自分が死んでどうするのよ」

 私の事を助けなければ。

 何処か状況が乱れた箇所で逃げ出すか、背後から切りつけていれば。

 人質を取ったりしていれば。

 そうすれば、きっとサブカの剣はここには無かった。


「でもアンタらしい幕引きなのかもしれないわね……」

 けれど理性で物を考えれば出てくるこれらの選択肢を、サブカは仮に思いついても実行しなかっただろう。

 いや、出来なかっただろう。

 四本腕の蠍の妖魔(ギルタブリル)にして、私たちの中でも特に変わり者だったサブカには、下手なヒトよりもヒトらしく生き、私のような妖魔を友人とし、ヒトを守ろうとしたサブカには絶対に。


「……。泣いてはやらないわよ。アンタは自分の都合で逃れられた死地に赴き、死んだんだから」

 私は地面に突き立てられたサブカの剣を手に取り、引き抜く。


「でも感謝はするわ。貴方のおかげで私はこうして生き永らえた」

 サブカの剣は手入れこそしっかりとされていたが、質はあまりよくないし、激戦に晒されたためか、多くの傷が付き、刃は潰れ、既に剣としてはどうあっても使い物にならないような状態だった。


「生き永らえた以上は……貴方の死に恥じない生き方をさせてもらうわ」

 私は手で払える汚れを取ると、剣に結び付けられていたマントを刃の部分に巻いた上で、数本の紐を使って腰に提げる。


「……」

 もうマダレム・エーネミ跡で回収するべきものは無い。

 私はそう判断すると、マダレム・エーネミを後にする。


「英雄は妖魔の天敵……か」

 英雄は妖魔の天敵。

 それはもう今回の件で嫌という程に思い知らされた。

 けれど、ここで尻尾を巻いて逃げ出し、ビクビクと英雄に襲われないかと怯え、コソコソとただ生き永らえるためにヒトを食うのは私らしいだろうか。

 そんな私を生き永らえさせるためにサブカは命を懸けたのだと奴に思わせていいのだろうか。

 そんな生き方をネリーが、ヒーラが、キキが、ソフィアが、私が今まで食べてきた全てのヒトたちが、そしてフローライトが許すだろうか。

 許せるはずがない。

 彼ら以上に私自身が。


「やれないと決めつけるのは簡単だけれど……決めつけるための情報はまだ出揃っていない」

 そうだとも。

 ヒトが天敵であるはずの妖魔を数と知恵と武器で倒すように、妖魔も持てる手の全てを尽くせば、英雄を倒す事が出来るのではないだろうか。

 天敵であるはずの英雄を倒して見せる事こそが、私らしい生き方ではないかと。


「なら、やってやろうじゃない」

 私は歩き出す。

 次に打つべき手が定まったがために。



--------------



 前レーヴォル暦37年頃

 英雄王シチータがヘニトグロ地方南部同盟(正確にはヘニトグロ地方中央部と南部の一部都市国家による同盟である)の盟主の座につき、現代に住む我々が一般にイメージする国と言うものを、ヘニトグロ地方の歴史上初めて造る。

 さて、英雄王シチータだが、彼は武勇に優れた人物であり、その偉業には四本腕の蠍の妖魔(ギルタブリル)サブカの討伐を筆頭に、非常に多種多様なものが含まれている。

 ここに列挙するだけでも蛇の人妖ソフィアとの度重なる戦いを初め……


(中略)


 ……と、相当な数になる。

 そんな英雄王シチータだが、彼の治世には後世の我々から見てではあるが、一つ残念な点があった。

 それは彼の周りには……


 歴史家 ジニアス・グロディウス

第3章:英雄と蛇 終了です。

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