第171話「英雄-5」
「すぅ……はぁ……」
「ふぅ……」
純粋な魔力量、魔力の扱い方への慣れ、武器の質の差、体術剣術を含めた戦闘技術、サブカとシチータの間には比較出来る点が数多くあった。
そして、それらの点によって生じた戦闘能力の差は、蠍の尾、堅固な甲殻、二対目の腕と言うサブカにしかないアドバンテージをもってしてもなお埋めがたい差となって二人の間に横たわっていた。
「さて、そろそろ再開といこうか」
「ああ、そうだな」
だが、どれほど絶望的な状況であってもサブカに諦める気はなかった。
それはほんの僅かな隙でも生じさせることが出来れば、自分が勝利できる可能性が存在している事が分かっていたからだ。
「「……」」
それと同時にサブカは気づいていた。
シチータから逃げる事は出来ない。
何故ならば、戦闘を始めてから経った時間からして、既にソフィアたちは安全圏にまで移動しており、シチータがソフィアたちを追う事が出来ない以上はサブカに狙いを付けるのは当然の成り行きだからだ。
故にサブカには戦うと言う選択肢しか存在しなかった。
「ちっ……」
「……」
そうして再びサブカとシチータの戦いが始まろうとした時だった。
「ぎゃあっ!?」
「ブヒイッ!?」
二人の周囲で固唾を飲んで見守っていたヒトと妖魔の中から唐突に断末魔の声が上がる。
「何だおま……がはっ!?」
「ギキ……ギャア!?」
「きひひひひ、見ろよ。馬鹿どもがこんなに沢山居るぜ」
「ぎゃははは、皆殺しだ皆殺し!ここの宝は俺たちだけのもんだ!」
「いいねぇ、いいねぇ、手足を生やした金がぼけっと突っ立っているぜ……」
二人の戦いを見守っていたヒトと妖魔の集団を背後から襲ったのは、全身に金銀財宝を身に着けたガラの悪い男たち。
その数はおおよそで百人ちょっと。
彼らの登場にヒトと妖魔の集団は一体何事だと目を丸くし、妖魔は何故ヒトが同族を背後から襲って殺すのかを理解できずに呆然とし、ヒトは彼らの様相から如何なる意図の集団なのかを理解して戦慄する。
「いいねぇ、素晴らしいねぇ。ここに居る連中を皆殺しにすれば、俺たちはもう一生食うに困ら無さそうだ」
「例の四本腕ももうボロボロみたいだし、これなら俺たちでも殺せるなぁ」
「ぎひゃひゃひゃ、削り作業ご苦労さんって感じだなぁ」
彼らはマダレム・エーネミ跡に、サブカと他の妖魔たちを狩りに来た傭兵たちと一緒に入ってきた男たちだった。
だが彼らには妖魔と正面から戦って魔石を得るという考えはなかった。
彼らのやり口は、他のヒトが弱らせた妖魔を、手に入れた魔石を、戦っているヒトを後ろから不意討ちして殺して横取りすると言うもの。
おまけに、殺したヒトが身に着けていた物まで金品に変え、他人の墓を荒し、報酬が気に入らなければ全てを奪い取っていくという、野盗の類と何ら変わらない集団だった。
勿論、この手の集団は本来は多くても集団一つ辺り十数人程度のはずである。
だが、この地が呼んでしまったのか、類は友を呼ぶのか、今回に限っては何処からともなくこれほどの数の愚物が集まってしまっていた。
「さあて……」
そして、マダレム・エーネミ跡に残されていた大量の金銀財宝を見つけた彼らは、それだけに飽き足らず、サブカとシチータの周囲に居たヒトと妖魔の集団に襲い掛かったのだった。
「みな……」
だが彼らは気付いていなかった。
自分が一体何者に手を出してしまったのかを。
「ごぎゃ!?」
「何を……すぎゃ!?」
ガラの悪い男たちが妖魔と他のヒトに襲い掛かろうとした時。
既にシチータとサブカは動き出していた。
シチータの剣が黄金の冠ごと先頭に立っていた男の頭を縦に切り裂き、サブカの剣がその隣に居た男の首を刎ね飛ばす。
「屑が。俺の戦いを邪魔するんじゃねえよ」
「死ね。お前たちに生きている価値はない」
そして、そのまま流れるような動作でもって、二人は手近な場所に居た二人の男を剣の一振りで絶命させる。
「戦う気がねぇ妖魔はどっかに行っちまえ!居るだけ邪魔なんだよ!」
「斬られたくない者は下がっていろ。見極める時間が惜しい」
シチータの言葉に妖魔が慌てて逃げ出し、サブカの言葉にヒトは彼らの周囲から慌てて離れだす。
そうして、仲間を殺されていきり立つ男たちに二人は剣を向けながら宣言する。
「過ぎた欲を掻くとどうなるのか、罰としてその身にきっちり刻み込んでやるよ」
「ヒトとしてあるまじき行い。その罪の重さを存分に味わうと言い」
「「「!?」」」
二人の身体から膨大な量の魔力が放出され、それだけで男たちは射竦められ、中には逃げ出す事を考える者、命乞いをするべきかどうか悩みだす者も出始める。
だが、彼らの行動は全てが遅かった。
既にシチータにもサブカにも彼らを見逃すという選択肢はなかった。
「精々抗って見せろ」
「覚悟をするがいい」
「「「ひっ、ひあああぁぁぁ!?」」」
そうしてシチータとサブカによる百を超える愚か者の粛清が始まった。
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おおよそ一時間後。
「終わったか」
「そう……だな……」
シチータとサブカの周囲には、無数の死体と血、そして彼らが身に着けていた装備品の欠片が散らばっていた。
「さてとだ」
さしものシチータも真正面から数の暴力に晒されたためか、防具と肌には多少の傷が見られ、左耳に至っては千切れ飛び、左耳が有った場所からは赤い血が流れた出た跡が残されていた。
「続きといこうか。蠍の妖魔」
「そう……だな……」
だが、サブカの傷はシチータのそれとは比較にならない程深かった。
右目は潰れ、四本の腕のうち三本は千切れるか折れるかして動かす事も出来ず、残る腕もマトモに動かない。
片足は不自由で、尾も途中で切れてしまっていた。
自慢の甲殻もヒビだらけであり、その背には破れかぶれになった男たちから他のヒトを助けるべく庇った結果として、矢と槍が何本も刺さっていた。
サブカは……誰の目から見ても半死半生の状態だった。
「俺はお前と戦えたことを感謝する」
「ああ……俺もだ……」
しかし、サブカがそんな状況であるにも関わらず、否、そんな状況であるからこそ、シチータはサブカに向けて油断なく剣と盾を構える。
そしてそれに応えるように、サブカも残った腕で剣を持ち、構える。
「行くぞ。サブカ!」
「……来い。シチータ!」
戦いの結果は……明白だった。