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ソフィアズカーニバル  作者: 栗木下
第3章:英雄と蛇
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第169話「英雄-3」

「ぶった切ってやる!」

 シチータが剣を抜き、一歩目を踏み出そうとした瞬間。

 私たちは四人は既に自分の行動を定め、動き始めていた。


「やっ!」

 トーコが近くの建物の屋根へと跳び上がりつつ、例の鍋で隠し持っていたであろうナイフをシチータに向かって投げつける。


塵幕(ダストカーテン)

 と同時に、確か井戸が存在していたはずの建物に向けて駆け出すシェルナーシュが何かしらの……塵幕と言う名前の魔法を発動。

 シチータの周囲に普通の目ではまるで向こう側が見通せない程に濃い土煙が噴き上がり、なおかつその場に留まる。


耕作(プラウ)!」

 そこに重ねるように私は靴底に仕込んでおいた魔石を使って魔法を発動。

 シチータが立っている場所とその周囲の地面を空気と掻き混ぜ、マトモに立つ事すら出来ない程に柔らかくする。

 するとそれに合わせて土煙の濃さも増したようだが……まあ、私たちにとって有利な変化でしかないので気にしない。


「効くかっ!」

「ちっ」

 土煙の向こう側からシチータの声と硬い金属同士がぶつかり合う音が聞こえてくる。

 どうやらこの土煙と不安定な足場の中でも、シチータは何の問題も無く剣を振るえるらしい。


「サブカは……もう居ないわね。じゃあ、撤退(プルアウト)!」

 この時既にサブカはトーコ、シェルナーシュとも違う方向に向かって駆け出していた。

 サブカは遠距離攻撃手段を持っていないので、これは仕方がない事だろう。

 そして、トーコとシェルナーシュも、既に姿を眩ませている。

 つまり後逃げるべきは私だけという事だ。

 と言うわけで、私は撤退の魔法を発動。

 黒い帯によってシチータから遠ざかるように、まるで矢のような勢いでもって身体が動き出し始める。


「逃がすか」

 その時だった。

 私の耳は何故かシチータの呟きを正確に捉え、熱を見る目は土煙の向こうでシチータが弓を取り出し、矢を番えようとするのを、異様にゆっくりとした速度で捉えていた。

 そしてこの感覚は水の妖魔(ウンディーネ)の魔手から逃れようとした時に味わったそれと全く同じ……いや、シチータ以外のものに一切意識が行っていない事を考えれば、あの時以上に異常な感覚だった。


「……」

 それほどまでに異常な感覚だったからだろう。

 私は無意識に背中のハルバードを取り出し、右手で持ち手を握り、刃の部分を胸と頭を守るように持って来て、左腕は刃と胸の間に挟み込むように構えていた。

 そんな私の判断は……正しかった。


「!?」

 唐突に私の胸に……いや、ハルバード、左腕、胸の順に衝撃が走る。

 それも都市国家の巨大な門を破るために使われるような巨大な槍を突き出されたかと思う程の衝撃が。


「!?」

 そしてハルバードと矢が当たった事を示すような音が私の耳に届く頃、今度は私の額に脳を芯から揺さぶるような衝撃波が襲ってくる。

 辛うじて私の目が捉えられたのは、ハルバードの刃にぶつかった何かがバラバラに弾け飛ぶ姿だけだった。

 だがその破片から、私はシチータに射られているのだという事が認識できた。


「ぐっ!?」

 そうしてシチータの攻撃を認識し、服の内側に仕込んだ魔石で反射的に何かしらの対抗策を実行しようと思った時だった。

 私の右わき腹に勢いよく矢が突き刺さり、その痛みによって撤退の魔法が強制終了、私の身体はそれまでの勢いに従って宙を舞いつつも、徐々に高度を落としていく。


「ぐっ、あぐっ、がはっ……」

 私の身体は近くの建物の屋根に落ちる。

 すると今まで異様にゆっくりだった世界が元の速さに戻り、それに合わせるように私の身体も勢いよく何度も弾みながら転がり、建物と建物の間に受け身一つ碌に取れないまま落ちてしまう。


「ぐっ……」

 私は痛みに呻きながらも立ち上がろうとし、それに合せて自分の身体の状況を把握しようと努める。

 一射目によって左腕は折れ、肋骨にも軽くヒビが入っている気配がする。

 二射目によって頭は芯から揺さぶられ、今まで生きてきた中でも一二を争うぐらい物理的に気分が悪くなっている。

 三射目である右わき腹の矢はギリギリで急所を外れているようだったが、身体の半分以上まで突き刺さっている感覚がした。


「逃げ……ないと……」

 四射目は来ない。

 矢が尽きたか、弓がおかしくなったか、誰かに襲われたのかは分からないが、シチータならば建物の間に落ちた後に獲物が動いていないのであれば、山なりの軌道でもって平然と当ててくるぐらいの事はしてくるだろうし、そうでなくとも後は追ってくるはずである。

 つまり私は急いでこの場から逃げ出さなければいけない。


「へへへ、いやー、流石は御使い様に滅ぼされた悪徳の都。随分と貯め込んでいたもんだ。ありがたいねぇ」

「ぐへへ、御使い様がこの骨の主を殺してくれたおかげで俺たちの懐に入るってか。確かにありがてえや。これなら妖魔を狩るよりもよっぽど儲からぁ」

 そうして何とか立ち上がり、ハルバードを杖代わりに歩く私が逃げ込んだ先の屋敷には、この家の主が貯め込んでいたであろう金銀財宝を身に着け、下品な笑い声を上げている二人の男が居た。

 ああ、(ソフィール)が言う所の主とやらが居たら、今この瞬間にだけは感謝してやってもいいかもしれない。


「……」

「あ?誰だて……ぎゃあ!?」

「何を……おぐあっ!?」

 私は残された力を振り絞って二人の男を始末すると、その場に魔石を持った状態で右手を付く。


「すぅ……ふんっ!」

 そして契約魔法を発動。

 私、二人の男の死体、財宝の全てを使役している地面で作った壁で包み込むと、そのまま地面の下へと沈んでいく。


「はぁはぁ……」

 そこから更に記憶を頼りに、地下水路に当たらないように幾らか移動した所で私は水晶玉の目を地表に少しだけ出すと同時に、疑似聴覚を発生させる。

 上は……酷い有様になっているようだった。

 だが、そんな上の状況が気にならないほど、私の怪我の状態も酷かった。


「まずは……傷を治さないと」

 私は暗い地下の密室で傷の治療を始め……終えると同時に眠りに落ちた。

あ、生きてますよ


07/23誤字訂正

07/24誤字訂正

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