第168話「英雄-2」
「ただまあ、それならそれで分かり易いわね」
英雄は妖魔の天敵。
なるほど確かに厄介な存在だろう。
正面から一対一で戦えば、基本的にやられるのは私たち妖魔の側なのだから。
「逃げるが勝ちか」
「そっか。どれだけ強くても攻撃される場所に居なければ大丈夫だもんね」
「実際、マトモにやり合って勝てる相手でもないようだし、逃げるのが正解だろうな」
が、それはどちらかが死ぬまで戦うような真似をした場合の話。
勝てない相手と特別な理由もなく戦う必要性などどこにもないのだ。
そして、私がシチータから逃げられたことが示すように、武器を持たなかった頃のヒトが妖魔から逃げ隠れする事によって命脈を保ってきたように、天敵と呼ぶべき存在が相手であっても、生き延びる事は不可能ではないのだ。
「そうね。どうにも最近は容姿がずっと変わっていない事を怪しまれてきているみたいだし、英雄から逃げるついでに何年か姿を眩ませて、姿が変わらない事への不信感を打ち消しておくのも有りかもしれないわね」
「それならいっそのこと、ヘニトグロ地方の外に暫くの間出ているというのも良いかもしれないな。港のように外からヒトと情報が入ってくる場所ならともかく、それ以外の場所では小生たちについて知っている者は居ないはずだ」
「なんだかんだでもう長い事この地方で生き続けているもんねーアタシたち」
「俺はお前ら程外見は問題にならないが……そうだな。最近、賞金首にもされてしまったようだし、別の地方に行くのも有りか」
というわけで、まだ目に付くほどではないが、最近少しずつ起き始めている気配がする妖魔の不老性故の問題を解決するためにも、私たちは四人ともヘニトグロ地方の外に出る事を考え、その考えを実行に移すべく私たちは四人揃って立ち上がる。
「それじゃあ、今後はこの木の近くに、適当に各自でメッセージを残しておくことにしましょうか」
「名前は残すなよ。面倒な事になる」
「分かってるよ。私は蛙のマークでも書いておくね」
「了解した。何か考えておく」
フローライトが眠っている木に毎年来れないのは少々辛いものがあるが……一年先に会えなくなる代わりに、百年先にも会いに来れるようにするための措置なのだし、こればかりは耐える他ないだろう。
これでもしも妖魔の不老性が不完全な物だったら……まあ、その時は妖魔を生み出している何かを草の根を掻き分けてでも見つけ出し、撃滅するだけの話か。
「じゃ、今年はこれで解さ……」
そうして私たちがその場から去ろうとした時だった。
「「「ーーーーーーー!!」」」
「ん!?」
「何っ!?」
「これは……」
「……」
遠くの方から、突然無数のヒトの声が聞こえてくる。
それも断末魔の類ではなく、自分たちを奮い立たせるための鬨の声だ。
「「「ーーーーーーーーーー!!」」」
「「「ーーーーーーーーーー!!」」」
続けて聞こえてきたのはこの街の中に居た妖魔たちの咆哮と、それに抗うように発せられるヒトの声。
そして無数の剣戟の音に、魔法によるものであろう爆音に、建物などが破壊され、崩れ落ちる音。
「すまん……俺が賞金首になったせいだ」
「そうね。それも一因ではあるでしょうけど、それ以上にここ……マダレム・エーネミ跡には妖魔が集まり過ぎていた。今まではヒトの数が少なかったから手を出せなかったのだろうけど……」
「十分な数のヒトが集まったから攻めかかってきた。と言う事か」
「うへぇ……ツイてない」
頭を下げようとするサブカの側頭部を軽く小突きつつ、私は何が起きているのかを推測する。
確かにサブカが賞金首なのも、今私たちが襲われている原因ではあるだろう。
が、それ以上にマダレム・エーネミ跡にはヒトが攻め入ってくる理由がある。
それはサブカ以外にも大量の妖魔が居て、彼らを殲滅できれば大量の魔石が手に入ると言う事が一つ。
彼らを排除できれば、マダレム・エーネミが滅亡してからずっと放ったらかしだった、ベノマー河に沿っていて何かと便利な土地を自由に出来ると言うのが一つ。
だがこれらの理由以上に彼らが襲撃を仕掛けてくる理由は……かつてマダレム・エーネミの上層部が集めていた金銀財宝、それらが未だに野ざらしに近い状態で置かれ続けているからだろう。
あの大量の財宝は、毎年私たちが少量ずつ持ち出して幾らかは換金したが、それでもまだまだ大量に残っており、金に執着しているヒトにとっては喉から手が出るほどに欲しい代物だろう。
「まったく、本当にヒトの欲深さってのは嫌になるわね」
「「「……」」」
「ん?」
「いや、なんでも無い」
「ソフィアん……」
「小生から言う事は何も無い」
「んん?」
私の呟きに何故かサブカたちは揃って顔を背け、何か言いたそうにしている。
はて?私は何か変な事を言ったのだろうか?
「「「ーーーーーーーーーー!!」」」
「と、それどころじゃないわね」
「そうだな。だいぶ近づいてきている」
「うん、早いところ逃げちゃおう」
「では、急ぐとしよう」
と、気が付けば、剣戟の音は大きさと範囲を大きく増しており、戦いは街全体に広がりつつあるようだった。
これは出来るだけ早く都市の外に逃げ出した方がいいかもしれない。
私たちは一度視線を交わし合うと、私たちが今居る敷地の外に出るべく走り始めようとする。
だが、私たちが敷地の外に出る前に、門の所に一人の傭兵が現れる。
「何処へ行く気だ?」
「っつ!?」
その傭兵は右腰に鉄製の剣を挿し、右手に木と金属を組み合わせた小さ目の盾を持っていた。
革製の鎧兜の間から覗く髪は黒、目は橙色、肌の色は以前と違って若干黒く染まっている。
「何で……アンタが……アンタがここに居んのよ……」
「まさかこんなところで会えるとは思っていなかったが丁度いい。今日がお前の命日だ」
その声は私の心を荒れさせ、挙動は苛立たせる。
だが、その身から発せられるヒトとしては有り得ない量の魔力に当てられ、私は歯噛みしつつも冷静に身構える。
「シチータ!」
「ソフィア!」
「「「!?」」」
私たちの前に現れた傭兵の名はシチータ。
つい先ほど話に上がったばかりの……
英雄である。
げえっ!シチータ!!