第167話「英雄-1」
「と言う事が有ったのよ」
夏の二の月の半ば。
私、トーコ、シェルナーシュ、サブカの四人は最早毎年恒例となった集まりを行っていた。
で、今年の話題だが……
「ソフィアんが全力で殴って何ともないとかおかしくない?」
「誰がどう考えてもおかしいだろう」
「そもそもそいつは本当にヒトだったのか?」
当然のようにシチータである。
いやうん、アイツについてはきちんと話しておかないと拙い。
万が一そこら辺で出会って、普通のヒトを襲う気分で襲ったら、気が付いた時には首が宙を舞っていて、次の瞬間には魔石に身体が変わっているだろう。
シチータならそれぐらいの事は出来る。
で、トーコたちの疑問についてはだ。
「まあ、普通のヒトじゃないのは確かね。推測でしかないけれど、妖魔の血を引くと言う先天的素質と何かしらの契約によって得た魔力と言う後天的素質。英雄と称すべき存在に必要な素質を両方持っているわけだし。これを普通のヒトと同一視するのは阿呆のする事でしょうね」
「先天と後天、両方の素質かぁ……」
「まあ、妖魔並の身体能力と魔力を併せ持っている奴を普通のヒトと同じに扱うのは、確かに拙いだろうな」
「頭が痛くなる話だな……」
シチータの特異性についてきちんと語る事で理解を求めておくしかないだろう。
シェルナーシュが頭を抱えているのは……たぶん、英雄の先天性の素質を持っている子供に心当たりがあるからだろう。
風の噂でしかないけれど、どうにも無事に子供が産まれたらしいし。
「まあ、そんなわけだから、シチータと出会った場合には戦おうとせず、逃げる事を第一に考えた方がいいわね」
「分かった」
「そうだな。そうしておこう」
「……」
「シェルナーシュ?」
で、全員に逃げる事を勧めたわけだが……先程とは別の方向性でシェルナーシュは頭を悩ませているようだった。
「ソフィア。一つ仮定の話だが、そのシチータとか言うヒトに対して、十分な策を練り、準備をした上で今この都市に居る妖魔全員で襲いかかったとしよう。それでもそのシチータとか言うヒトは殺せないのか?」
「んー……?」
シェルナーシュが口に出したのは、絶対に殺せるような状況を用意してもなおシチータには敵わないのかと言う疑問だった。
確かに、私たちが居る旧マダレム・エーネミは、私たちが毎年集まっている事によって何処からか引き寄せられたのか、他の場所に比べて妖魔の密度が濃く、都市の中どころか迂闊に近づいただけでも、ヒトならばほぼ確実に死ぬような魔都と化してはいる。
そしてその戦力を特定の対象に向けられるのであれば……まあ、都市国家の一つぐらいなら力押しで落とす事ぐらいは出来るだろう。
では、状況を整えた上でその戦力をシチータ一人に向ける事が出来たらどうなるのか。
「んー……」
私は真剣に考える。
シチータに何が出来て、何が出来ないのか。
どういう戦術を取って来るのか、どういう戦い方を好むのか。
何が弱みで、何が強みなのかを。
そうして出てきた結論は……。
「ごめん。私らしくない事を重々承知で言わせてもらうけど、無理。勝てない」
「勝てないだと?」
「なんて言えばいいのかしらね。仮にシチータに一切の身動きを許さず、気取られず、一方的に虐殺できるような状況を整えたとしても、正面から力押しでぶち破られるような予感がしてしょうがないのよ」
「「……」」
「ふうむ……」
私の言葉にサブカとトーコは絶句し、シェルナーシュも何か考え込むような様子を見せる。
実際、この予測は先日の戦いの内容から私がシチータの事を過大評価していて、どうやってもシチータには勝てない、逃げるしかないという思い込みが私の中に存在しているからかもしれない。
ただ、シチータと数日過ごし、直接戦った身としては、どうにもこの予感が外れないような気がしてしょうがないのだ。
「逃げる事は可能か?」
「それは……まあ、適切な逃げ方をすれば逃げれるはずよ。でないと私はここに居れないし」
「なるほど」
と言うわけで、個人的な予測としては良い勝負は出来ても勝つ事は出来ない、そんな所が対シチータにおける限界ではないかと思っている。
いやまあ、本気で策を練ってその限界を超えて見せてもいいのだろうけど。
と、そんな事を考えていたらだ。
「ソフィア、トーコ、サブカ。これはただの仮説だが……もしかしたらもしかするかもしれない」
「ん?」
「何?シエルん?」
「?」
シェルナーシュがおもむろに口を開く。
そしてシェルナーシュの話の内容を聞いた私たちは……。
「あー……あー……確かに有り得るかもしれないわね」
「それなら逃げる以外に手が無いのも仕方がないかもしれないね……」
「ソフィアの話を聞く限り、そこまで的外れとは思えないしな……」
「だろう。小生としても信じがたいが、これが一番有り得るのではないかと思う」
揃って頷く他なかった。
特に直接シチータと戦った私には腑に落ちる点が腐るほどあった。
そうシチータとは。
先天的素質と後天的素質、両方の英雄の素質を併せ持ち、ヒトの姿を持ちながらヒトでなき力を持つ英雄とは。
「そうね。英雄は妖魔の天敵と言う考え方で正しいと思うわ」
ヒトに対する妖魔のように、妖魔にとっての天敵なのだ。